印形いんぎょう)” の例文
武「いや一緒に行かんでも宜しい、エ、明日お筆さんをお前が引取に来なければならんから、組合を連れて印形いんぎょう持参でおいでを願いい」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
印形いんぎょうる。名誉もかけなければならない。万が一のときは、おれは見そこなったのだなんていう事は逃口上にげこうじょうにしかならない。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「それからね、どうしたものやらその書付が藤三郎さんところの材木売渡しの受取証文で、ちゃんと印形いんぎょうまでわっている」
吾輩は今朝の雑煮ぞうに事件をちょっと思い出す。主人が書斎から印形いんぎょうを持って出て来た時は、東風子の胃の中にカステラが落ちついた時であった。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
時計につけていた印形いんぎょうを直すと、あたりへ微笑をふりまきながら、そのなよなよしい娘の方へじっと注意を凝らした。
(新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
浅草の横町でインチキ水晶の印形いんぎょうを売っている貧乏おやじが、秋風に吹かれて迷い込んで来たとしか思えないだろう。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
事の意外に驚きたる武男は、子細をただすに、母はもとより執事の田崎も、さる相談にあずかりし覚えなく、印形いんぎょうを貸したる覚えさらになしという。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
民さんのお内儀さんが来てたすけてくれといい、彼は海岸にある大森警察署に行って、請人うけにん印形いんぎょうしてこの男が鉄柵てっさくの中から出てくるのをむかえた。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
銘というのは作り手の名であり、落款というのはその名を記した印形いんぎょうであります。仮令たとえどんなつまらない作品にも、何某の作ということが記してあります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
父はその名を嫌って余り名乗らなかったのでしたが、印形いんぎょうがありました。これは明治十年頃の事でした。
我が宗教観 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
信長、印形いんぎょうを造らせた事があるが自らのには「天下布武」、信孝のには「戈剣かけん平天下」、信雄のには「威加海内かいだいにくわわる」とした。もって信長の意の一端を伺うに足りる。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
阿部はそれを取ると、印形いんぎょうを出し、ぱらぱらとあちらこちらの書類をめくりながら、幾つも印をついた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
また、もっとも大事な倉庫方くりかた——金品出納の事務などは——蒋敬を部長とし、蕭譲しょうじょうには、通牒や文書のほうをつかさどらせ、金大堅に兵符へいふ印形いんぎょう、鑑札などの彫刻がかりを。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神山はにやにや笑いながら、時計のひもをぶら下げた瑪瑙めのう印形いんぎょうをいじっていた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ちょっと考えると、六角柱の水晶を円い玉に磨いたり、あるいは印形いんぎょうにしたりすると、天然のもとの外観と違って来るから、結晶とはいえないのではないかというような疑念が生じやすい。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
証文を認めまする時に必ず印形いんぎょうと云う物を用いまする事になって居りまして、柘植つげ或は金銀等へ自分の姓名を彫付け、是を肉にて姓名なまえの下へ捺しますけれども、時といたして印形を用いず
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あんたあの話知ってる? 去年の春だったか牛込うしごめのあるやしきの郵便受けの中に銀行の通帳と印形いんぎょうが入れてあって、昔借り放しにしていたのをお返しするって丁寧な添え手紙がしてあったという話。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ちょうどそれは梅の花の形のような塩梅あんばいに……たちまちそれが一つの印形いんぎょうのようなものに出来上がったのを、私は見ていると自分ながらおかしくなったが、しかし、これが名案なのであるから
「それは間違いはない、御主人は、その印形いんぎょうを駿府へ持って行かれた」
もげ落ちたにんげんの印形いんぎょう
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
縞の財布よ、其の中に金が三両二分に端たが些とばかりと印形いんぎょう這入へえってたから、おとし主へ知らせて遣りたいと思って、万年の橋間はしまで船をもやって
細君の印形いんぎょうは五万円の基本金を借入れて夫の手に渡し、川上座の基礎はその金を根柢こんていとして築きあげられていった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ところが、それとはウラハラに久蔵若親分はステキに、うまい事をしてしまいました。多分柳仙のうちに残っていた印形いんぎょうを利用するか何かしたのでしょう。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
二人ふたりは四丁目のかどを切り通しの方へ折れた。三十間程行くと、右側みぎがはに大きな西洋館がある。美禰子は其前にとまつた。帯の間からうすい帳面と、印形いんぎょうして
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「あれには、渋沢の印形いんぎょうと、書附が入っているので、中実なかみは、からっぽだが、捨てずにいるのだ」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「駄目だい、そんな五十ルーブリなんて賭があるもんか? よし、じゃあその百ルーブリに対して、中ぐらいの仔犬か、それとも時計につける金の印形いんぎょうでも添えることにしようじゃないか。」
高利貸は又高利貸で、勝手に俺の印形いんぎょうを信用して、手前一存の条件を附けて貸しやがった連中だ。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それでね、下げ渡したら請書うけしょが入るから、印形いんぎょうを忘れずに持っておいでなさい。——九時までに来なくってはいかん。日本堤にほんづつみ分署ぶんしょです。——浅草警察署の管轄内かんかつないの日本堤分署です。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
他人に見られてはちと都合の悪い書付かきつけ二、三通と、自分の印形いんぎょうも入っている。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長「手前は何のために受人に成って、印形いんぎょういた」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
翁はそんな連中に対して面会謝絶をしないのみか、どんな事を頼まれてもいやとは云わない。黙々として話を聞き終るとかねならば金、印形いんぎょうなら印形をしてやってミジンも躊躇ちゅうちょしない。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
書付のしまいの方には、島田が健三の戸籍を元通りにして置いて実家へ返さないのみならず、いつの間にか戸主に改めた彼の印形いんぎょう濫用らんようして金を借り散らした例などが挙げてあった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
友「宜しい、印形いんぎょうを持参しましたから書きます」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
戸若は一昨昭和七年の十二月の初めの或る夕方、日が暮れると直ぐに、蟹口の留守宅に忍び入り、ツル子を細帯で縛り上げ、猿轡さるぐつわを噛ました上で、二千円の貯金の通帳と印形いんぎょうを奪って逃走した。
衝突心理 (新字新仮名) / 夢野久作(著)