割烹かっぽう)” の例文
梅水は、以前築地一流の本懐石、江戸前の料理人が庖丁をびさせない腕をみがいて、吸ものの運びにも女中のすそさばきをにらんだ割烹かっぽう
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ものを合理的に処理することであります。割烹かっぽうというのは、切るとか煮るとかいうのみのことで、食物の理を料るとはいいにくい。
日本料理の基礎観念 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
これを友達数人と、道玄坂のさる割烹かっぽう店へ提げ込んだが、ここでは残念なことに、船で食べたような調理の旨味をだしてくれなかったのである。
海豚と河豚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
割烹かっぽうの事、身だしなみの事、何から何までみがきをかけて、自分が死んだら何処へなりと立派な所へ縁づけられるように丹精をこめているのだけれど
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
割烹かっぽうを兼ねた宿屋で、三層の高楼は、林泉の上にそびえ、御手洗川の源、湧玉池にちんしているから、下の座敷からは、一投足の労で、口をそそぎ手が洗える。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
まあ、昔自慢してあわれなことでございますが、父の達者な頃は、前橋で、ええ、国は上州でございます、前橋でも一流中の一流の割烹かっぽう店でございました。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
両端に、一個ずつめこまれた大きな骰子さいころには、どちらも、六の目が正面に出ている。上部には、「おでん・すし・割烹かっぽう」。角助を殺した松川源十の店だ。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
だからあたしも世間並せけんなみに、裁縫さいほうをしたり、割烹かっぽうをやったり、妹の使うオルガンをいたり、一度読んだ本を読み返したり、うちにばかりぼんやり暮らしているの。
文放古 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
所謂いわゆる割烹かっぽう店でなしに好い料理を食わせるところを造り、協力でそれを経営するようになって行こうとは、お三輪としても全く思い設けない激しい生涯の変化であった。
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
両岸楼閣には旅館あり、割烹かっぽう店あり、喫茶珈琲コーヒー店あり、金銀雑器書画雑貨を陳列せる高等商店あり、神田婦人倶楽部クラブあり、新派俳優倶楽部あり、新奇発明の色取写真店あり。
四百年後の東京 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
舌を満足させるために今も随分酷い屠殺割烹かっぽう法を行う者で、その総覧ともいうべき目録を三十年ほど前『ネーチュール』へ出した人があったが、予ことごとく忘れてしまい
今その要領を記さんに、香取郡小見川町に皆花楼とて、旅店と割烹かっぽう店とを兼ねたる一楼あり。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ひろ子らがつくと間もなく、割烹かっぽう服のかみさんが上って来た。宿帳をつけるでもなかった。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
お料理はお割烹かっぽうをするのも、食べるのも好きでしたから、藤井の好きなものを作ってあげたり、身の廻りのことをあれこれとよくお世話したので、藤井もとても喜んでくれました。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
古い伊勢縞か、木綿の布子か、夏は洗いざらした浴衣に、白い割烹かっぽう前掛をつけ、夏冬とおしてえりに手拭を掛けていて、黙っててんぷらを揚げたり、客の応対をしたりするのであった。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
市内の安直なホテルとは異なって、門からしていきな数寄屋すきや作りの、名目も割烹かっぽう旅館とはいえ、連れ込み宿にはちがいない。そこへ波子が堂々と車をつけさせたときは、え? と俺はびっくりした。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
◦家庭割烹かっぽう講義録 神田佐久間町四丁目家庭割烹実習会、一冊三十銭
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
わたくしは、さっきから、この番頭の言葉に何かかすかななまりのあるのに気付きましたが、このおすんこによって秋田訛りであるのを観破かんぱしました。学園の割烹かっぽうの先生で秋田出身の割烹家があります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこで、一両日前会津の山奥から送ってきた狸を、木挽町の去る割烹かっぽう店へ提げ込んだ。そこの主人が、料理に秘術を尽くすということであった。
たぬき汁 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
この真珠パールの本店が築地の割烹かっぽう懐石で、そこに、月並に、懇意なものの会がある。客が立込んだ時ここから選抜えりぬきでけに来た、その一人である。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
元来「料理」とは、理をはかるということなのだ。「ものの道理を料る」意であって、割烹かっぽうを指すのではない。
料理の秘訣 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
Aという、その海のある小都会に到着したのは、ひるすこしまえで、私はそのまま行き当りばったり、駅の近くの大きい割烹かっぽう店へ、どんどんはいってしまった。
デカダン抗議 (新字新仮名) / 太宰治(著)
絵屏風はあまりに美しく絢爛けんらんで、いかにもおちつきにくくまぶしかった、数かずの料理もいずれは高価な材料と念いりな割烹かっぽうによるものであろうが、お高にはなにやらよそよそしくて
日本婦道記:糸車 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
割烹かっぽう前掛で手を拭きながら、文子が台所から出て来て格子の懸金をはずした。
舗道 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
魚獣の佳味、美器の艶谷を誇ったところで、野菜の点彩がなければ、割烹かっぽうの理に達したとはいえないであろう。
香魚と水質 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
喫茶店で、葡萄酒飲んでいるうちは、よかったのですが、そのうちに割烹かっぽう店へ、のこのこはいっていって芸者と一緒に、ごはんを食べることなど覚えたのです。
おしゃれ童子 (新字新仮名) / 太宰治(著)
今年余寒の頃、雪の中を、里見、志賀の両氏が旅して、新潟の鍋茶屋なべぢゃやなどとならび称せらるる、この土地、第一流の割烹かっぽうで一酌し、場所をかえて、美人に接した。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日本橋手前のある横丁に、大あゆで売り出した春日かすがという割烹かっぽう店があった。これは多分に政策的な考えからやっていたことであるらしい。ところが、このあゆが非常に評判になった。
インチキ鮎 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「売色が悪徳だとすれば料理茶屋も不必要だ、いや、料理割烹かっぽうそのものさえ否定しなければならない、それはしぜんであるべき食法に反するし、作った美味で不必要に食欲を唆るからだ」
集つてゐる人々の顔ぶれを見ると市内有数の割烹かっぽう店の主人、待合の女将おかみ、食通、料理人組合の幹部と言つた連中で、どれも一かど舌に自信を持つ者ばかりであつた。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
したがって客はたいてい武家か、町人でも静かに酒さかなを楽しむという人たちが多かった。……彼にはそういう静かなおちついた雰囲気ふんいきだけで充分だった、自慢らしい割烹かっぽうも酒も二のつぎだった。
野分 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
売り込み先は割烹かっぽう旅館、特に寿司屋を当てにして新潟・福島・秋田などからたくましくも行商に来ていた。東京では首を長くして持ちこがれているという様子が、彼ら闇屋の目には鋭く映るのだろう。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
これは、珍味である。唐黍の果粒が含む濃淡な滋汁が、油と融け合い清涼の味、溢れるばかりであった。季節の天産を、わが手に割烹かっぽうするほど快きはないのである。
姫柚子の讃 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)