不知不識しらずしらず)” の例文
かういふ傾向は、不知不識しらずしらずの間に爲政者の商工偏重の政策と對照して、我々批評家の地位に立つ者に一種の興味を與へる現象である。
農村の中等階級 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
生島は崖路の闇のなかに不知不識しらずしらず自分の眼の待っていたものがその青年の姿であったことに気がつくと、ふとめた自分に立ち返った。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
それから気が付いて考えてみると、近頃少し細かい字を見る時には、不知不識しらずしらず眼を細くするような習慣が生じているのであった。
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かく言争ひつつ、行くにもあらねど留るにもあらぬ貫一に引添ひて、不知不識しらずしらず其方そなたに歩ませられし満枝は、やにはに立竦たちすくみて声を揚げつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
從來に比して營養良好にして身體日に強健を増し行く場合にもまた力量は多少こそ有れ不知不識しらずしらずの間に増加して行くのである。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
彼等は不知不識しらずしらず、子供の時から見なれて来たすべての富士山の図の、急な輪郭を思い浮べたのである。彼等の角度が、殆ど同じなのは面白い。
中津なかつの旧藩士も藩と共に運動する者なれども、或は藩中にてかえってみずからその動くところのおもむきに心付かず、不知不識しらずしらず以て今日に至りし者も多し。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それを覚らない人は不知不識しらずしらず現代の生活から孤立して、偏したり、僻んだり、なんでも新しい世態に難癖なんくせを附けたりする保守気質の人になつて仕舞ふ。
台風 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
われわれの考え方が時に都会本位になるおそれがあるのも、不知不識しらずしらずの間に同様の誤に陥っているのかも知れない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
友達としてはかたくるしい、ほんの少し身分のちがう男女間の言葉づかいに復一は不知不識しらずしらず自分を馴らしていた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
すでに両者の関係やら目的を述べる際にも自然の勢で、不知不識しらずしらずの間にこの問題に触れているのはもちろんでありますから、その辺は御斟酌ごしんしゃくの上御聞を願います。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
つい、不知不識しらずしらず、その立場立場にかぶれるからなのであろう。すなわち、我田引水の生ずる源である。
脅迫観念は刻刻時時に継子共の上を襲つた。その襲はれた人の中にすず子があつた。自分自身もをつた。不知不識しらずしらず自分も矯激けうげきな言動をするやうになつた。ものはいきほひである。
計画 (新字旧仮名) / 平出修(著)
むつかしく言えば所謂精神療法の一助として、不知不識しらずしらずにこの定斎を用い来たったのであろう。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
日々不知不識しらずしらずの間に、どれだけ多くの、いらない気兼ねをして見たり、かんしゃくを起したり、喧嘩をしたり、笑われたり、不愉快になったり、しているか知れないと思う。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
その証明のためにも、こちらから進んで行かねばならない——これらの事情がついに、白雲をして、不知不識しらずしらず、「勿来なこそ」の関の関門を、前に向って突破させてしまいました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それが潜在意識となってあの脅迫状の署名に不知不識しらずしらずに音羽組なんて茶番をやったのだよ
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
子供が不知不識しらずしらず卑屈になるなどのこともあるであろうし、主人も朋輩に疎んぜられ、出世の障りとなるやも知れない、外交官でいて交際費をためる人は名外交家となれぬというが
私の小売商道 (新字新仮名) / 相馬愛蔵(著)
かく色々と疑い得らるる原因を数えて来れば早晩春琴に必ず誰かが手を下さなければ済まない状態にあったことを察すべく彼女は不知不識しらずしらずうちわざわいの種を八方へいていたのである。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
されば日常の道徳も不知不識しらずしらずの間に儒教にって指導せられることが少くない。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのアパートの一しつ一室に棲んでいる人が、どんな気持で住んでいるかと云えば不知不識しらずしらずのうち、今のアパート暮しは一時的なものという気持、結婚するまでとか、又、結婚している人は
女性の生活態度 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しかしこの事は殆ど無自覚的にされていた事なので、時とすると不知不識しらずしらずの間にしなくてもいい写実に引っかかって物の表相にとらわれ無駄な力を入れ、出るべかりし美をこわしている例などが多い。
小歌が莞爾にっこりと笑った時だけ、不知不識しらずしらずの間に自分も莞爾にっこりと笑い連れて、あとはただ腕組するばかりのことだから、年の行かぬ小歌にはたえかね接穂つぎほなく、服粧なりには適応にあわず行過た鬼更紗の紙入を
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
父母が面白おかしく不知不識しらずしらず、子供に智識を与えるようにしたい。
教育の目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
自然の要求が不知不識しらずしらずの間にここに至らしめたのである。
戦争史大観 (新字新仮名) / 石原莞爾(著)
彼にも自分と同じような欲望があるにちがいないとなぜか固く信じたことや——そんなことを思い出しながら彼の眼は不知不識しらずしらず
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
それを掘込んで行くときに結局不知不識しらずしらずに自分自身の体験の世界に分け入ってその世界の中でそれに相当するつながりをもとめることになります。
書簡(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
此の世の中の表裏をて取つて、構ふものか、といふ腹になつて居る者は決して少くは無く、悪平等や撥無はつむ邪正の感情に不知不識しらずしらずおちいつて居た者も所在にあつたらう。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ややもすれば不知不識しらずしらずの際にその習俗を成しやすく、一世を過ぎ二世をるのその間には、習俗遂にあたかもその時代の人の性となり、また挽回すべからざるに至るべし。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
石田はなにか芝居でも見ているような気でその窓を眺めていたが、彼の心には先の夜の青年の言った言葉が不知不識しらずしらずの間に浮かんでいた。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
不知不識しらずしらず其方へと路次を這入はいると道はいよいよ狭くなって井戸が道をさえぎっている。その傍で若い女が米をいでいる。
根岸庵を訪う記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「のっぺらぽー」そんなことを不知不識しらずしらずの間に思っていましたので、それは私にとって非常に怖ろしい瞬間でした。
Kの昇天:或はKの溺死 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
その娘の死んでいったさびしい気持などを思いっているうちに、不知不識しらずしらずの間にすっかり自分の気持が便たよりない変な気持になってしまっているのを感じた。
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
向日性を持った、もやしのように蒼白い堯の触手は、不知不識しらずしらずその灰色した木造家屋の方へ伸びて行って、そこににじみ込んだ不思議な影のあとを撫でるのであった。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
そんなことから不知不識しらずしらずに自分を不快にする敵を作っていた訳です。「あれをやろう」と思うと私は直ぐその曲目を車の響き、街の響きの中に発見するようになりました。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
そんな風景のうえを遊んでいた私の眼は、二つの溪をへだてた杉山の上から青空の透いて見えるほど淡い雲が絶えず湧いて来るのを見たとき、不知不識しらずしらずそのなかへ吸い込まれて行った。
蒼穹 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)