一通ひととほり)” の例文
教祖島村美支子みきこの一代記から、一通ひととほりの教理まで、重々しい力の無い声に出来るだけ抑揚をつけて諄々くどくどと説いたものだ。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
自分の隣家となり謡曲うたひの師匠が住んでゐる。朝から晩まで引切しつきりなしに鵞鳥の締め殺されるやうな声で、近傍あたり構はずうたひ続けるのでそのやかましさといつたら一通ひととほりの沙汰ではない。
信一郎は、死んだ青年に対する責任感からも、此の謎を一通ひととほりは解かねばならぬと思つた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
當前あたりまへの人の聲なら、氣にはならなくつてよ。一通ひととほりの人ではないのですものを。お金はみんな持つて行つて、好い加減にしてゐて、あなたをまで取つてしまはうと思つてゐるのですものを。
半日 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
以て一通ひととほり吟味ぎんみこれあり安五郎は揚屋あがりやいり儀左衞門は入牢じゆらう同人女房粂は長屋預け申付られ駿府御代官太田三郎四郎殿へ柴屋寺住持ぢうぢを差出す樣又遠州相良本多さがらほんだ長門守殿家來へ同領内上新田しんでん無量庵むりやうあん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その時分じぶん宗助そうすけは、つねあたらしい世界せかいにばかりそゝがれてゐた。だから自然しぜん一通ひととほり四季しきいろせて仕舞しまつたあとでは、ふたゝ去年きよねん記憶きおくもどすために、はな紅葉もみぢむかへる必要ひつえうがなくなつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そのまたかたうたら一通ひととほりでなかつたので、くやら、うめくやら、大苦おほくるしみで正體しやうたいないものかへつて可羨うらやましいくらゐ、とふのは、たしかなものほど、生命いのちあんじられるでな、ふねうぐつとかたむたび
旅僧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
医師は直ぐその場の事情を呑み込んだやうに、勝平の身体に手をやつて、一通ひととほりあらためた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)