一束ひとつか)” の例文
とドス声でかんを殺す……この熊漢くまおとこの前に、月からこぼれた白いうさぎ、天人の落し児といった風情の、一束ひとつかねの、雪のはだは、さては化夥間ばけなかまの雪女であった。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鳥類の捕獲には一端に石或は角の小片をむすけたるひもの、長さ二三尺位のもの數本を作り之を他の端に於て一束ひとつかねにくくりたるものを用ゐし事も有りしならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
鞍には、旅の食糧かてやら、雨具やら、郡司のとがめられた時に示す戸籍の券やら、一束ひとつかの弓矢をもゆわいつけて、豊田のたちを出るとすぐの坂道へ、意気揚々と、降りて行った。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そののち叔父はうすたれ、かれは木から落猿おちざるとなつて、この山に漂泊さまよひ来つ、金眸大王に事へしなれど、むかしとったる杵柄きねづかとやら、一束ひとつかの矢一張ひとはりの弓だに持たさば、彼の黄金丸如きは
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「束鮒」は一束ひとつか、即ち一握ひとにぎり(二寸程)ぐらいの長さをいう。この結句の造語がおもしろいので選んで置いた。巻十四(三四九七)の、「河上の根白高萱ねじろたかがや」などと同じ造語法である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
一個ひとつの抽匣から取り出したのは、一束ひとつかねずつ捻紙こよりからげた二束ふたつふみである。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
ただ一束ひとつかねのなめらかな雪で、前髪と思うのが、乱れかかって、ただその鼻筋の通った横顔を見たばかり……乳のあたりに血がにじんだ、——この方とても、御多分には漏れぬ
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
むかし深山みやまの奥に、一匹の虎住みけり。幾星霜いくとしつきをや経たりけん、からだ尋常よのつねこうしよりもおおきく、まなこは百錬の鏡を欺き、ひげ一束ひとつかの針に似て、一度ひとたびゆれば声山谷さんこくとどろかして、こずえの鳥も落ちなんばかり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
そこで運出はこびだした一枚は、胸を引いて吃驚するほどな大皿に、添えものがうずたかく、鳥の片股かたもも譬喩たとえはさもしいが、それ、支配人が指を三本の焼芋を一束ひとつかねにしたのに、ズキリと脚がついた処は
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
沓脱くつぬぎをつかつかと、真白い跣足はだしで背戸へ出ると、母屋の羽目はめを、軒へ掛けて、森のようにからんだ烏瓜からすうりつる手繰たぐって、一束ひとつかねずるずると引きながら、浅茅生あさぢうの露に膝をうずめて、せなから袖をぐるぐると
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)