すっぽん)” の例文
ここでは旧套きゅうとうの良心過敏かびん性にかかっている都会娘の小初の意地も悲哀ひあい執着しゅうちゃくも性を抜かれ、代って魚介ぎょかいすっぽんが持つ素朴そぼく不逞ふていの自由さがよみがえった。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いぬの肝をとりて土にまぜてかまどを塗るときは、いかなる不孝不順の女人にても至孝至順の人となるといい、五月五日にすっぽんの爪を衣類のえりの中に置けば
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
最初にすっぽん肉羹スープが出、つづいて牛脇腹うしわきはら油揚コツレツ野鴨全焼ローチという工合に次から次に珍味佳肴かこうが運び出される。
縄目の間からすっぽんのような手首だけを出して大地へつき、やがてむくりと、腹を上げ、顔を上げ、次に前のほうへ一尺ばかり、ずるりと這い出して来たからであった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
犬神、蛇を飼うおんなひきがえるを抱いて寝る娘、すっぽんの首を集める坊主、狐憑きつねつき、猿小僧、骨なし、……猫屋敷。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二十一二の年増盛りで、お芳の野暮やぼったい様子に比べると、お月様とすっぽんほどの違い。身の廻りのぜいはとにかく、厚化粧で、媚沢山こびだくさんで、話をしていても愛嬌がこぼれそう。
この蛇佐渡にいと多しと聞く、河童に殺された屍は、口を開いて笑うごとく、水蛇の被害屍は歯を喰いしばり、向歯むこうば二枚欠け落ち、すっぽんに殺されたのは、脇腹章門辺に爪痕入れりと見え
幾千代いくちよ永らえたが、死際しにぎわになって、仙山が大きいすっぽんの背に載せられたという要件を、弟子に伝え、弟子はまたその弟子に伝えたが、後世になって一人の方士が好いことをしようとして
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
鱗の中へ鉄虱をわかして苦しめてやると云うと、赤兄公は、それは違うております、村の人達が湖の泥を採ると、泥の中に住んでおるすっぽんが、子や孫を殺されますから、困って村の人を威して
放生津物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
鰻や時にはすっぽんや、或は禁を犯して杜鵑ほととぎすなど、肺病に利くという魚鳥を捕って持ってゆくと、いつも充分の金をくれた上に、樽からじかにコップへ注いで、野田の旦那が飲ましてくれる酒だった。
特殊部落の犯罪 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
下手謡曲家に捕まるのとすっぽんに喰い付かれるのとを同じ位の悪感を以て迎え、謡曲好きの近所に住むのと高架線のガードの下に住まうのとを混同して考えるような事になったのではあるまいかと思う。
謡曲黒白談 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この従妹なんぞ、あの二人にくらべれば月とすっぽんほどの違いです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
暮し方に月とすっぽんとの相違がある。
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
月にすっぽんでございますよ。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すっぽん
料理メモ (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
彼は鼈四郎が来るまえからすっぽんの料理に凝り出していたのだが、鼈鍋すっぽんなべはどうやらできたが、鼈蒸焼むしやきり損じてばかりいるほどの手並だった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
記憶をよくするマジナイに、五月五日にすっぽんつめを衣類のえりの中に置けば効能があるというのもある。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
貴公知らないか、鴨は水に住んで卵を産みすっぽんもわれも同様に卵を産む。
すっぽん足痕あしあと辿たどるよとも疑われた。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
逸子は寝かしついた子供に布団を重ねて掛けてやりながら、「すると、そのとき以外は、良人に蛍雪が綽名あだなに付けたそのすっぽんのような動物の気持でいるのかしらん」
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
くだんの男色蛇に似た事日本にもありて、『善庵随筆』に、水中で人を捕り殺すもの一は河童、一はすっぽん、一は水蛇、江戸近処では中川に多くおり、水面下一尺ばかりを此岸しがんより彼岸ひがんへ往くはやのごとし。
すっぽんだ。」
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どじょう、なまずすっぽん河豚ふぐ、夏はさらしくじら——この種の食品は身体の精分になるということから、昔この店の創始者が素晴らしい思い付きの積りで店名を「いのち」とつけた。
家霊 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)