“鰹（かつを）”の例文

鰹（かつを）も裏長屋まで行渡つて、時鳥（ほとゝぎす）も珍らしくはなく、兩國橋を渡つて、大川の上手へ出ると、閑古鳥（かんこどり）も行々子（よしきり）も鳴いてゐた時代です。

銭形平次捕物控：232 青葉の寮 (旧字旧仮名) ／野村胡堂(著)

実をいふと、東湖はやつこ豆腐よりもまだ鰹（かつを）の刺身の方が好きだつた。好きだけに、それを食べるのに自分独得の方法を発明してゐた。

茶話：03 大正六（一九一七）年 (新字旧仮名) ／薄田泣菫(著)

せつせと押し進む艀の両側には、鰹（かつを）からでも追はれて来てゐたか、波の表が薄黒く見ゆる位ゐまでに集つた鯷（しこ）の群がばら／＼／＼と跳ね上がつた。

岬の端 (新字旧仮名) ／若山牧水(著)

「うむ、鰹（かつを）の気（け）がするので皆な外の者共ア看視（まも）つて居る。俺等も行かんならんのやれど、誰も人が居らいで、今誰かに頼まうと思うて来たのやが。」

厄年 (新字旧仮名) ／加能作次郎(著)

それで魚屋が俎（まないた）の上で鰹（かつを）や鯛（たひ）を切るやうに、彼は解剖臺の屍體に刀を下すのであツた。其の手際と謂ツたら、また見事なもので、法（かた）の如く臍（へそ）の上部に刀を下ろす。

解剖室 (旧字旧仮名) ／三島霜川(著)

するに空腹なる時は途中にて困（こま）るならんと只（と）ある杉酒屋へ入て酒を五合熱燗（あつかん）に誂（あつら）へ何ぞ肴（さかな）はなきやと問に最早皆（みな）賣切（うりきれ）鰹（かつを）の鹽辛（しほから）ばかりなりと答へけるを夫（そ）は何よりの品なりとて五合の酒を

大岡政談 (旧字旧仮名) ／作者不詳(著)

孝子三八に賜（たまは）ると書付はなけれ共、まづ蓋（ふた）をひらけば、内よりによつと塩竹の子、金（かね）もらうたよりうれしく、（中略）女房にかくとしらすれば、同じ心の姑（しうとめ）思ひ、手ばやに塩だし鰹（かつを）かき

案頭の書 (新字旧仮名) ／芥川竜之介(著)

小王余魚七枚、菅野弥五右衛門（やごゑもん）。金二十銭外に味噌一重、金沢治右衛門。金十銭、鈴木庄右衛門。金十銭、鈴木作兵衛（さくべゑ）。金十銭、斎藤三郎右衛門。鰹（かつを）ぶし一本外に味噌一重、永沢清左衛門。

念珠集 (新字旧仮名) ／斎藤茂吉(著)

おいらも鰹（かつを）が釣つてみてえな

鰹釣り (新字旧仮名) ／山村暮鳥(著)

それからといふもの、フランクリンはふつつり菜食主義を止（や）めて、魚を食べ出した。そして鰹（かつを）のやうに肥り出した。

茶話：04 大正七（一九一八）年 (新字旧仮名) ／薄田泣菫(著)

八五郎が大變を持込んで來たのは、梅雨（つゆ）前のよく晴れたある朝、鰹（かつを）も時鳥（ほとゝぎす）も、江戸にはもう珍らしくない頃です。

銭形平次捕物控：322 死の秘薬 (旧字旧仮名) ／野村胡堂(著)

又は折ふし海べに下り立つて、すなどらうと思ふ時も、海松房（みるぶさ）ほどな髯（ひげ）の垂れた顋（おとがひ）をひたと砂につけて、ある程の水を一吸ひ吸へば、鯛（たひ）も鰹（かつを）も尾鰭（おびれ）をふるうて、ざはざはと口へ流れこんだ。

きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) ／芥川竜之介(著)

付て油斷（ゆだん）がならず何卒（なにとぞ）御迷惑（ごめいわく）ながら御同道下さらば丁度旦那樣の御供の樣にて惡漢（わるもの）が付（つく）氣遣（きづか）ひなく心丈夫に存じますと云（いふ）に後藤は見向（みむき）もせず夫は貴樣の勝手次第（かつてしだい）にといひ放（はな）し一向構はず行中（ゆくうち）にはや戸塚の棒鼻（ぼうはな）へ入りたるに或料理屋の勝手（かつて）に鰹（かつを）佳蘇魚（まぐろ）鮃（ひらめ）の數々の魚見えければ後藤は一杯やらんと此家（このや）に入て酒（さけ）肴（さかな）を

大岡政談 (旧字旧仮名) ／作者不詳(著)

それは櫻には少し遲いがまだ鰹（かつを）にも時鳥（ほとゝぎす）にも早い晩春のある日のことでした。

銭形平次捕物控：121 土への愛著 (旧字旧仮名) ／野村胡堂(著)