閾際しきいぎわ)” の例文
お銀が一畳ばかり離れて、玄関の閾際しきいぎわに、足を崩して坐っていた。意味を読もうとするような笹村の目が、ちろりと女の顔に落ちた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と、直ぐ閾際しきいぎわひざいてライカを向けた。そしてつづけざまに、前から、後から、右から、左から、等々五六枚シャッターを切った。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
五、六歩、よろめいて、松の間の閾際しきいぎわに、上野介はツ伏せに倒れた。倒れたが、すぐに又、夢中に立ち上りかけながら
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
閾際しきいぎわまで立ってきた女の様子に、友太は思わずぎくりとした。それは、男の友太にも一目でわかる女のからだであった。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
僕は古賀の跡に附いて、始て藍染橋あいぞめばしを渡った。古賀は西側の小さい家に這入って、店の者と話をする。僕は閾際しきいぎわに立っている。この家は引手茶屋である。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
床前の白綸子のしとねに僧形の三斎は、無手むずと坐って、会釈えしゃくも無く、閾際しきいぎわに遠慮深く坐った平馬と、その傍に、膝こそ揃えているが、のほほんと、目も伏せていない
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
主水は朋輩のうしろにすわって、ひざに手を置いてうつむいていたが、そう言われると、逃げ隠れもできない。はっといって広間の閾際しきいぎわまで膝行いざり出て、そこで平伏した。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
黙って入ってゆくと、夫人が恰度閾際しきいぎわに立ちはだかっていたものだから、その呼吸いきが彼の顔にかかり、衣物きもののレースが彼の胸にふれた。衣嚢かくしを探したけれどマッチがないので
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
障子しょうじを開けて閾際しきいぎわに立ったまま私は張りつめた気持ちで玄をせき立てた。
相子とテル子が笑ったが井荻看護婦は笑わずに冷静な語調で、副室の閾際しきいぎわに落ちていたので只今消毒を済したところだといい、秋成主治医に電話して来ていただきましょうかと言った。私は答えた。
少しあわてて呼び起こしましたが、返辞がないので、境のふすまを細目に開けてみますと、その部屋は、閾際しきいぎわから枕元へかけて、ぶちまけたように一面の血汐ちしおです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
閾際しきいぎわひざまずいて、音を立てぬように障子に手をかけて、一寸いっすんばかりする/\と開けて見ると、正面に普賢菩薩ふげんぼさつ絵像えぞうけ、父はそれに向い合って寂然と端坐していた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
五百はわずか腰巻こしまき一つ身にけたばかりの裸体であった。口には懐剣をくわえていた。そして閾際しきいぎわに身をかがめて、縁側に置いた小桶こおけ二つを両手に取り上げるところであった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
母親も閾際しきいぎわのところに坐って、そのころのことを少しずつ話しはじめた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ところへ、仲居の案内につれてお春が現れ閾際しきいぎわでしとやかに平伏します。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
すると女は、ふと閾際しきいぎわに立ちどまって
ふみたば (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
と、悦子が書斎のふすまを開けて、閾際しきいぎわに立ちながら、怪訝けげんそうな眼つきで母親の顔をのぞき込んだ。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
軍鶏籠とうまるかごは、籠のまま、炉部屋ろべやの次のすすけた板敷の隅へ担ぎ上げられた。無論、郁次郎は食い物も寝るのもそのまま、閾際しきいぎわには、寝ずの番が三名、夜どおし眼を光らしている。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鳴海絞なるみしぼり浴衣ゆかた背後うしろには、背中一ぱいある、派手な模様がある。尾藤の奥さんが閾際しきいぎわにいざり出る。水浅葱みずあさぎの手がらを掛けた丸髷のびんを両手でいじりながら、僕に声を掛ける。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼女の方へはチラリとそつけない流眄ながしめを与へたきりで、づ出入口と押入の閾際しきいぎわへ行つて匂を嗅いで見、次ぎには窓の所へ行つてガラス障子を一枚づゝ嗅いで見、針箱、座布団、物差
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「おう、亭主どのか。……さ、はいられい、そのように閾際しきいぎわで、なにをご遠慮」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女の方へはチラリとそっけない流眄ながしめを与えたきりで、ず出入口と押入の閾際しきいぎわへ行って匂を嗅いで見、次ぎには窓の所へ行ってガラス障子を一枚ずつ嗅いで見、針箱、座布団ざぶとん、物差
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
客の部屋の閾際しきいぎわ揉手もみでをしている時とは別人のように口汚く
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、お春が恐る恐るふすまを開けて閾際しきいぎわに手をついたが、悦子に何か聞かされたものと見えて、これも顔色を変えていた。その間に貞之助も妙子も、形勢険悪と見て早いこと姿を消してしまった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
或る日偶然二階からのぞいたとき、多分夏のたそがれであったのだろう、縁側の閾際しきいぎわに座布団を敷いて明け放された葭簀よしずに背中をもたれながら、蚊柱の立つ夕闇の空を見上げているほの白い顔が
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
で、夫はる時偶然にこう云うことを発見しました。———細君は、夜眠りにく時は火の用心をおもんぱかって瓦斯ストオブを消して寝ること。瓦斯ストオブの栓は、病室から廊下へ出る閾際しきいぎわにあること。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、その時お春が上って来て閾際しきいぎわに手をつかえた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)