まく)” の例文
長久手ながくて一帯は、香流川かなれがわの水面もふくめて、うすい弾煙のまくの下に、かばねと血のにおいをおいて、朝の陽も、虹色にけむっていた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
船と船とは、見る見る薄いのりのような青白いまくに隔てられる。君の周囲には小さな白い粒がかわき切った音を立てて、あわただしく船板を打つ。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
其処そこは人間の鼠蹊部そけいぶというようなところで外皮を切れば腿の肉は胴の肉と離れているからへらで腿の肉を押開おしひらくとその下に腸が見えて薄いまくが腸をおおっている。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
夏になると次第に紅が暗くなる。千鳥やシギと異なって指の間にまくのあるのが特徴であるそうだ。
みやこ鳥 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「——なにせ、秋だ、聖壇の大蝋燭のやうに、ちらちら、感情のまく耀かがよひながら微動する」と
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
黒い煙は、いったん銀白色のまくにつつまれたが、まもなくそれを破って、あらしの黒雲くろくものように——いや、まっくろなりゅうのように天じょうをなめながら、のたくりまわった。
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
固より将軍夫妻は良平の恩人である為に、温かい感謝のまくへだてゝ見たところもある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
乘地のりぢつてぢいさんはすこしろまくもつおほはれたやうみはつてやゝ辟易へきえきした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ガラス瓶の内側には、ゼラチンにいろいろの薬をまぜた、うすいまくがはってあるのだ。そのゼラチンの膜に発光バクテリヤをぬりつけておくと、一日のうちにこんなにいっぱいにふえてしまうんだよ。
智恵の一太郎 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
弁馬べんまは、寝床の上に、腹ばいになり、まだ一皮寝不足のまくかぶっている頭脳あたまを、頬杖ほおづえに乗せて、生欠伸なまあくびをした。
御鷹 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから水の上にうすく流した油のまくもそれに近いものだと思います。
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そしてもやとも言うべき薄いまくが君と自然との間を隔てはじめた。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
だが、黒い真綿まわたのような薄煙のまくが所々の視野をさえぎり、やや西へ傾きかけた日輪も、それをとおして、あかがねのような、ふしぎな赤さを呈していた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幸い、この刀は、鎌倉以前の稀れな名工の鍛刀ですから、骨は折れますが、さびの曇りもれましょう。古刀の錆はサビても薄いまくにしかなっておりませんから。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
昼のようだった庭面にわもの月が、うすい雲のまくにつつまれて、月蝕げっしょくの晩のようなほのぐらさでした。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜はまだ明けぬが有明ありあけのつき、かすかに雲のまくをやぶって黒い鞍馬くらまの山のにかかっていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
機山大居士きざんだいこじ武田信玄たけだしんげんまご天性てんせいそなわる威容いようには、おのずから人をうつものがあるか、こういうと呂宋兵衛にしたがう山犬武士ども、おもわず耳のまくをつンかれたように、たじたじとして
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつか夕霞の薄いまくが、すべての物にかかっている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)