美髯びぜん)” の例文
そのまっ先に進んでくるのはまぎれもなし、青龍の偃月刀えんげつとうをひっさげ、駿足赤兎馬せきとばに踏みまたがって来る美髯びぜん将軍——関羽であった。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次ぎに、巣鴨學校の美髯びぜん校長がゐる。お宮さんともとの所天をつと、また今の所天との關係には、この校長は忘るべからざる人である。
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
島野は一目見て驚いて呆れた。しっくりと西洋ぐら置いたるに胸を張ってまたがったのは、美髯びぜん広額の君ではなく、一個白面の美少年。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一ハ楊維禎よういていガソノ山水ニ放浪シテ白衣身ヲ終フルニ比シ、一ハ陳其年ちんきねんガソノ詞場ニ跋扈ばっこ美髯びぜん名ヲ得タルニ比シタリ。嘉永庚戌にわかニ帰思アリ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いよいよ蝋管ろうかんに声を吹き込む段となって、文学士は吹き込みラッパをその美髯びぜんの間に見えるあかいくちびるに押し当てて器械の制動機をゆるめた。
蓄音機 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
いやあんな赤っ面の判官では、悪少の真似位はするかも知れない。あんな美髯びぜんの城隍なら、堂々たる儀衛に囲まれた儘、夜空に昇るのも似合いそうである。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
美髯びぜんをピンと八の字にはねて、年のころは二十六七、三十がらみという青年紳士である。手にはかなりカサはあるが、そう重くもないらしい包みを持っている。
と、ひ、あしところらぬ有樣ありさま濱島武文はまじまたけぶみ艦尾かんび巨砲きよほうもたれて悠々いう/\美髯びぜんひねりつゝ。
仁丹の広告看板にある紳士のような滑稽な美髯びぜんを蓄えた支配人と称する三十六、七のフロック姿の男が現れてきて、上から下まで今松のチグハグなこしらえをジロジロ眺め廻していたが
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
と八十助は咄嗟とっさに考え出そうと努めたけれど、そこまで出ているのに思い出せない。それは非常に肥えたあから顔の巨漢で、鼻の下には十センチもあろうという白い美髯びぜんをたくわえていた。
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この特徴のある美髯びぜんをなくしては、宗像博士の威厳にも関するではないか。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
美髯びぜんを貯え、ネクタイピンをひらめかした老年の紳士が立ち上って来て礼儀正しく、むす子に低声で何か真面目まじめな打合せをすると、むす子は一ぱしの分別盛りの男のように、熟考して簡潔に返事を与えた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
入浴は三日おき、肌着のお着がえも忘れるほどだし、剃刀かみそりはゆるされないので、おもいがけない美髯びぜんが黒々といつかお顔の半分にたくわえられていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
他愛たわいなくかしらさがつたとふのは、中年ちうねん一個いつこ美髯びぜん紳士しんしまゆにおのづから品位ひんゐのあるのが、寶石はうせきちりばめたあゐ頭巾づきんで、悠然いうぜんあごひげしごいてた。
人参 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
サフラン湯主人は昔へルプという薬の広告にあった美髯びぜんの色男によく似ていたよ。安産のお詰りついでにみんな血の道とやらの薬を買うらしく、これも景気がいいらしいや。
両方の手を畳について、露八は、しびれている頭を重そうにもたげた。赤くにごった眼が、やがて洋服の膝がしらから美髯びぜんのある紳士の顔を撫で上げるように見つめた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あのマークの紳士と同じように、色も白いが、美髯びぜんをたくわえているのもほぼ共通しているようである。子供心に強く印象に残っているのでは、吉田という伯父がそうであった。
僧正よりは幾歳いくつか年上であろう。四十四、五と見れば大差はあるまい。鼻すじのとおった下に薄い美髯びぜんたくわえている。その髯を上品に見せているのは、つつましくて、柔和な唇のせいである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
およそ風采のどこにも俳句気などは見えない美髯びぜんの横浜型紳士であったが、或る日の小雨のそぼ降っている晩、夕方から主人呉竹氏の紫檀机のそばに坐りこんで、雑談に時を過していたことがあった。
と、朱同がまた、その美髯びぜんをしごいて言った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)