たや)” の例文
いかに暑さの烈しい晩でも、この土地では、お客の上った合図に下から茶を持って行く習慣なので、どの家でも火と湯とをたやした事がない。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
といって日本風の家では客が来ると火を出し茶を出すから火をたやす事も出来ん。そこで無用な火気を利用するためにこの万年スープをかけておく。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
……その日は霜が消えなかった——居周囲いまわりの細君女房連が、湯屋でも、髪結かみゆいでもまだ風説をたやさぬ、お稲ちゃんと云った評判娘にそっくりなのであった。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お涌自身の家は下町の洋服業組合の副頭取をしていて、家中が事務所のように開放され、忙しく機敏な人たちが、次々と来て笑い声や冗談をたやさなかった。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これよりくだっては、背皺せじわよると枕詞まくらことばの付く「スコッチ」の背広にゴリゴリするほどの牛の毛皮靴、そこでかかとにお飾をたやさぬところからどろに尾を亀甲洋袴かめのこズボン
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
冬はこの炉に焚火たきびたやしたことが無いと、主人が言った。ここまで上ると、余程気候も違う。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
父親は太郎からそれを聞いて、「他よりあらわれなば、この家をもたやされん、みおやため子孫のちの為には、不孝の子一人おしからじ、あすは訴えでよ」と云って大宮司だいぐじもとへ訴えさした。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
日来ひごろ一七一まうをもぬかざるが、何のむくいにてかう良からぬ心や出できぬらん。一七二ほかよりあらはれなば此の家をもたやされん。みおやの為子孫のちの為には、不孝の子一人惜しからじ。
もとより稻垣の家を興す認めはござらん、生甲斐のない我が身の果、死する時に死せざれば死に勝るの恥ありなまじいに[#「なまじいに」は底本では「なまじいに」]生恥をかいて稻垣の苗字をたや
背戸せどから隣の家へそっと火を借りに行くなどということは、勿論もちろんもう必要の無いことであるが、それでも昔大歳おおとしの夜おそく、火種をたやしてしまった新嫁が、途法にくれてかどに出て立っていると
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
お涌自身の家は下町の洋服業組合の副頭取とうどりをしてゐて、家中が事務所のやうに開放され、忙しく機敏な人たちが、次々と来て笑ひ声や冗談をたやさなかつた。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
血統ちすじが絶える、田沢の家を、田沢の家をと、せめて後をたやさないように遺言をしたんです。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今日この頃の時節は日本では厳寒の最中なので花の見られる時ではなく、夜の寒さは庭のささやかな蓮池はすいけにも厚い氷をはらせるのであるが、それでも薔薇ばら椿つばきの花をたやすことはない。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
村の者はそれと聞いて慟哭どうこくした。そして、血に染まった権兵衛の錦の小袴を小さく裂いて、家の守神にすると云ってみんなで別けあうとともに、その遺骸を津寺に葬って香華こうげたやさなかった。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
姥 もし、お前様、その浅ましい人間でさえ、約束を堅く守って、五百年、七百年、盟約ちかいを忘れぬではござりませぬか。盟約を忘れませねばこそ、朝六つ暮六つ丑満つ、と三度の鐘をたやしませぬ。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)