筆蹟ひっせき)” の例文
星巌の室紅蘭こうらんの書も、扇面や屏風びょうぶなど数点を蔵していること、山陽の女弟子として名高い江馬細香えまさいこう筆蹟ひっせきも幾ふくかを所持していること
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
蕎麦そば屋の門口にれいの竹のお飾りが立っている。色紙に何か文字が見えた。私は立ちどまって読んだ。たどたどしい幼女の筆蹟ひっせきである。
作家の手帖 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もっともその夜ふけ、家には速達が届いた。それには五郎造の筆蹟ひっせきでもって、工事の都合で当分向うへ泊りこむから心配するなと書いてあった。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
工員に渡す月給袋の捺印なついんとか、動員署へ提出する書類とか、そういう事務的な仕事に満足していることは、彼が書く特徴ある筆蹟ひっせきにもうかがわれた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
能筆と噂された佐次郎の筆蹟ひっせきは全く見事なもので、新助の死体の下にあった、浅草紙の文句とは比較にもなりません。
水引の下に添えてある手紙の文字のあざやかな筆蹟ひっせきが、すぐ伝八郎の眼をつよく射た。——急いで裏を返してみると
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれは親達からあたへられた手本を机の上に置いて、いつもの暗い部屋で書き習つてゐたが、その筆蹟ひっせきは子供とも思はれないほどに見事なものであつた。
梟娘の話 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
私はすでに彼の筆蹟ひっせきや南画が、彼の焼物よりさらに美しい旨を述べた。しかし恐らく彼の価値のうち一番躍動するのは、木米その人の性格であると思う。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
地蔵院の住職森徹信もりてっしんは、仔細しさいにその偶人を調べて見た。偶人の箱に古風な筆蹟ひっせき小式部こしきぶと書いてあった。
偶人物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼の山猫のような眼はすぐその手紙を見つけ、宛名の筆蹟ひっせきを認め、それから受取人のかたの狼狽しておられるのを見てとり、その方の秘密を知ってしまったのですな。
記録というのは、真赤なかわ表紙であわせた、二冊の部厚ぶあつな手紙の束であった。全体が同じ筆蹟ひっせき、同じ署名で、名宛人なあてにんも初めから終りまで例外なく同一人物であった。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一葉の霊も来り遊ぶであろうという意味の菊池寛の文章が小島政二郎まさじろう氏の筆蹟ひっせきで刻まれてあった。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
時計の下の柱暦に小母さんとおぬいさんとの筆蹟ひっせきがならんでいるのも——彼が最初にその家に英語を教えるのを断りに来た時に気がついたものだけに——なつかしかった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
きれいで、りっぱによくふとっていて、位人臣をきわめた貫禄かんろくの見える男盛りと見えた。院はまだ若い源氏の君とお見えになるのであった。四つの屏風びょうぶには帝の御筆蹟ひっせきられてあった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
のみならずほんのちよつとしたメモのやうなものを見たことがありますが、その筆蹟ひっせきもなかなか几帳面きちょうめんで、これが小学も満足に出てゐない人の書いたものかと思はれるほど正しい字づかひでした。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
自分の学力はぼうと同じであるが、自分の字は子供のときよりみょうめられたといって筆蹟ひっせきを誇り、あるいは自分の交際術こうさいじゅつにおいては、彼らに比べられては困る、硬骨こうこつなる点においては彼らに負けぬ
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
しかも、二十三、四歳の青年とは思われないような老成な筆蹟ひっせきで。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「これです。筆蹟ひっせきには覚えがあるでしょう。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
万三郎の筆蹟ひっせきであった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
夫人の筆蹟ひっせきはペン字であるが、字の略しかたにゴマカシがないのを見れば相当に習字の稽古けいこを積んだものに違いなく、女学校では能筆の方だったであろう。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
なぜといって、その手帖にこまかく書きこんである文字は、たしかに彼の筆蹟ひっせきだったのであるから。
脳の中の麗人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その風貌にも似ず筆蹟ひっせきは美しい。歌もよくむ。彼の作歌は「風雅和歌集」にまで選ばれている。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここで、新聞社へ送られたあの上手な筆蹟ひっせきの至急投書が、十分このことを確証しているものだ。
M・Tの筆蹟ひっせきを真似て、妹の死ぬる日まで、手紙を書き、下手な和歌を、苦心してつくり、それから晩の六時には、こっそり塀の外へ出て、口笛吹こうと思っていたのです。
葉桜と魔笛 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ところで、ここに別に三千子の筆蹟ひっせきがあります。これと吸取紙の筆蹟と比べて見ますと、両方とも若い女らしい手で、よく似ていますが、ただこうして見たのでは本当のことが分らない。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
見ると四角な西洋封筒に、明かに夫の手とは違う筆蹟ひっせきで、「浜屋旅館方、蒔岡幸子様、親展」と記してある。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「ちゃんとここに書いてある。この『通信部報告書』に。これは交川博士の筆蹟ひっせきだ」
断層顔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私はその時ついでに、静子から預っていた、例の脅迫状のなるべく意味の分らない様な部分を一枚丈け選び出して、それを本田に見せ、果して春泥の筆蹟ひっせきかどうかを確めることを忘れなかった。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その筆蹟ひっせきは明らかに神経の興奮をあらわしていた。
彼女は姉妹じゅうで最も筆蹟ひっせきがすぐれていて、仮名書きを得意にし、文才にもひいでているところから、手紙を書くのをそんなに億劫おっくうがらない方で、本家の姉のように下書きなどはせず
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
老番頭がさし出す宿帳には、なんだか筆蹟ひっせきを隠したようなぎごちない字で
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一通毎に筆蹟ひっせきが違っていた。ひどく下手な乱暴な書体であった。差出局の消印もその度毎に違っていたし、封筒も用紙も最もありふれた安物で、全く差出人の所在をつきとめる手掛りがなかった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
美しいお家流いえりゅう筆蹟ひっせきであった。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「脅迫状が来てるとか云ったね。その筆蹟ひっせきで見当がつくかも知れない」
見覚えのある筆蹟ひっせきだ。恩田の父親に違いない。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)