うつろ)” の例文
化粧をしないおせいの顔が艶々つやつやと光つてみえる。富岡は、魂のないうつろ眼差まなざしで、おせいのどつしりとした胸のあたりを見てゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
さもなかつたら、木魂姫がてゐる其の洞穴が裂くる程に、また、あの姫のうつろな声がわしの声よりも嗄るゝ程に、ロミオ/\と呼ばうものを。
文章その他 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
さもなかったなら、木魂姫こだまひめてゐるその洞穴ほらあなくるほどに、また、あのひめうつろこゑわしこゑよりもしゃがるゝほどに、ロミオ/\とばうものを。
私達は駈け寄って彼の肩を叩き、正気づけようとしたが、丈五郎はうつろな目で私達を見返すばかり、敵意さえも失って、訳の分らぬ歌を歌い続けている。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ところで私は年をとると、物ごとの怖ろしい惨めさ、努力などの何の役にも立たぬこと、期待のうつろなこと、——そんなことはもう諦念あきらめてしまっていた。
よもうつろなる世ではないであろう。この世を心の浄土と想い得ないであろうか。この地を天への扉といい得ないであろうか。低き谿たになくば高きみねも失せるであろう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
白虎太郎は、形を改め、おごそかに呪文じゅもんを唱え出した。左右の掌を合掌に結び、パッと掌中をうつろにした。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かの鷲の低語さゝやきは、待つ間もあらず頸を傳ひて——そがうつろなりしごとく——のぼり來れり 二五—二七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
すっかり熱にうかされてしまって、譫妄せんもう状態に近いようなようすになり、うつろな視線をあてどもなく漂わせながら、のろのろした声で、切れぎれにつぶやきつづけるのだった。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その寛容はうつろな幻をまとってるものでないことを、よく知っていた。クリストフのほうがはるかに多くのことを信じており、それをよりよく受け入れてることを、彼はよく知っていた。
父には諦めにき剥かれた裸鳥の首のような寂しさがあり、師匠には強情な負惜しみから大木の幹を打ってうつろの音のする太味の寂しさがあった。どっちにしろわたしの腸に苦酸く浸み込む。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
抗すべからざる圧迫が、宮尾、黒津、男爵の額に冷汗を浮かせ、その眼をカッとうつろに見開かせますが、その中で二人だけは、何事も無かった以前のように、平然として事件の推移を待って居りました。
判官三郎の正体 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
これは彼自身のうつろな言葉でないと同時に、彼の妄想でもない。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
うつろの針、それは何だろう。」と判事がいった。
さもなかつたら、木魂姫がてゐる其の洞穴が裂くる程に、また、あの姫のうつろな声がわしの声よりも嗄るゝ程に、ロミオロミオと呼ばうものを。
文章その他 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
よもうつろなる世ではないであろう。この世を心の浄土と想い得ないであろうか。この地を天への扉といい得ないであろうか。低き谿たになくば高き峯も失せるであろう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
頓狂とんきょうな、夢を見ている様なうつろの声が答えた。三谷はギョッとしたが、しいて元気な調子で
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし私は彼がうつろな幻をかけてるのではないかと思ったのです。その当時どうしてそんなことが信ぜられましょう! フランスは当時そのパリーと同じように、崩壊や漆喰しっくいや破れ穴でいっぱいでした。
うつろの眼で滝を眺めやった。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼は身内から込み上げて来る戦慄を、じっとおさえつけながら、最早殆どうつろの心で、穴のふち腹這はらばいになると、その底の方へ、両手をのばして、思い切って、死人の身体を探って見ました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
大五郎氏は何か別の考え事をしている様な、うつろな声でいった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)