産湯うぶゆ)” の例文
ところへ観音寺かんのんでらの住職が通りかゝりまして、泣いている赤子を拾い上げ、この山の上の池で産湯うぶゆを使わせてその儘寺へ引き取りました。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
上は青空、下は大江、オギャアと泣いたときから、潯陽江じんようこうの水を産湯うぶゆに男となった混江龍こんこうりゅう李俊りしゅん、いやさ今では梁山泊のお一人だ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
加藤清正の産湯うぶゆを流したところは、この尾張の国の中村なのです、肥後の熊本の城も、清正の築城には相違ありませんけれども
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その叫喊きょうかんは生まれいずる者の産声うぶごえであり、その恐怖は新しき太陽に対する眩惑げんわくであり、その血潮は新たに生まれいでた赤児の産湯うぶゆであった。
レ・ミゼラブル:01 序 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
しずくばかりの音もせず——獅子はひとえに嬰児みどりごになった、白光びゃくこうかしらで、緑波りょくはは胸をいだいた。何らの寵児ちょうじぞ、天地あめつちの大きなたらい産湯うぶゆを浴びるよ。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それからすすびた壁の上にも、今夜だけは十字架くるすが祭ってある。最後に後ろの牛小屋へ行けば、ぜすす様の産湯うぶゆのために、飼桶かいおけに水がたたえられている。
おぎん (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これでも自分らは宵越しの金は持たぬちゃきちゃきの江戸ッ子で、自分は芸者の腹から浅草の有名な料理屋に生れ、女房も神田上水に産湯うぶゆを使ったものだ。
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
信州木曾の金時山きんときやまなどでは、現に金時母子のんだという巌窟がんくつ、金時が産湯うぶゆをつかったという池の跡のほかに
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
江戸えどからあたらしく町奉行まちぶぎやうとして來任らいにんしてから丁度ちやうど五ヶげつるもの、くもの、しやくさはることだらけのなかに、町醫まちい中田玄竹なかだげんちく水道すゐだうみづ産湯うぶゆ使つかはない人間にんげんとして
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
本石町無宿の金蔵、これは日本橋の本石町生まれで、牢屋とは眼と鼻のあいだで産湯うぶゆを使った奴です。なにしろ破牢は重罪ですから、すぐに人相書をまわして詮議になりました。
半七捕物帳:64 廻り灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
紀州日高郡産湯うぶゆ浦という大字の八幡宮に産湯の井あり。土伝いいつたえに、応神帝降誕のみぎり、この井水をかして洗浴し参らせたりという。その時用いたる火を後世まで伝えて消さず。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
まだあぶないように思われるほどの小さい方を女王は始終手に抱いているので、ほんとうの祖母である明石あかし夫人は、養祖母に任せきりにして、産湯うぶゆ仕度したくなどにばかりかかっていた。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
でも、父の弥右衛門やえもんだの、知己しるべの人たちが、産湯うぶゆから上げて、お襁褓むつのうえへ転がしてみると、突然、呱々ここの声をあげた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前者は小さいが太閤が呱々の声を揚げたところで猿面冠者さるめんかじゃ産湯うぶゆの井戸というのが残っている。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
“足利尊氏産湯うぶゆの井戸”とふだがある。つまりここは、尊氏の生母上杉清子の出生地であり、また尊氏も、幼時をここで送ったという伝説のあるさとなのだ。(三六・四・二)
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三島由紀夫氏の「仮面の告白」だったかに、自分が生れたとき産湯うぶゆを使わせられたたらいの木肌を透して、まばゆい湯の揺れや金輪の光が金色に見えた、というような描写があった。
「まだ見ぬ異母兄あにじゃが、そこの旗屋町とかには、異母兄頼朝が産湯うぶゆいどもあるとのこと。異母兄は熱田で生れたとみゆる。——わしも由縁ゆかりの深いそこへ行って、男になろうと思うのじゃ。吉次、これより熱田路へ参ろうよ」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)