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猶子
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いうし
ふりがな文庫
“
猶子
(
いうし
)” の例文
それから
加之
(
しかのみならず
)
と云って、皇太后の御上を云い、「
猶子
(
いうし
)
の恩を蒙りて、兼ねて
長秋
(
ちやうしう
)
の監たり、
嘗薬
(
しやうやく
)
の事、相譲るに人無し」といい
連環記
(新字新仮名)
/
幸田露伴
(著)
自ら
猶子
(
いうし
)
と称する
仲元益
(
ちゆうげんえき
)
が「南都」と書してゐるを見れば、近藤玄之も亦奈良の人かと推せられる。
伊沢蘭軒
(新字旧仮名)
/
森鴎外
(著)
瞳
(
ひとみ
)
を
定
(
さだ
)
めてこれを
讀
(
よ
)
めば——
雲横秦嶺家何在
(
くもしんれいによこたはつていへいづくにかある
)
、
雪擁藍關馬不前
(
ゆきらんくわんをようしてうますゝまず
)
——
昌黎
(
しやうれい
)
、
時
(
とき
)
に
其
(
そ
)
の
意
(
い
)
の
何
(
なに
)
たるを
知
(
し
)
らず。
既
(
すで
)
にして
猶子
(
いうし
)
が
左道
(
さだう
)
を
喜
(
よろこ
)
ばず、
教
(
をし
)
ふべからずとして、
江淮
(
かうくわい
)
に
追還
(
おひかへ
)
す。
花間文字
(旧字旧仮名)
/
泉鏡花
(著)
晩唐
(
ばんたう
)
一代
(
いちだい
)
の
名家
(
めいか
)
、
韓昌黎
(
かんしやうれい
)
に、
一人
(
いちにん
)
の
猶子
(
いうし
)
韓湘
(
かんしやう
)
あり。
江淮
(
かうくわい
)
より
迎
(
むか
)
へて
昌黎
(
しやうれい
)
其
(
そ
)
の
館
(
やかた
)
に
養
(
やしな
)
ひぬ。
猶子
(
いうし
)
年
(
とし
)
少
(
わか
)
うして
白皙
(
はくせき
)
、
容姿
(
ようし
)
恰
(
あたか
)
も
婦人
(
ふじん
)
の
如
(
ごと
)
し。
然
(
しか
)
も
其
(
そ
)
の
行
(
おこな
)
ひ
放逸
(
はういつ
)
にして、
聊
(
いさゝか
)
も
學
(
まな
)
ぶことをせず。
花間文字
(旧字旧仮名)
/
泉鏡花
(著)
猶子
(
いうし
)
先
(
ま
)
づ
屏風
(
びやうぶ
)
を
借
(
か
)
り
得
(
え
)
て、
庭
(
には
)
に
牡丹叢
(
ぼたんさう
)
を
蔽
(
おほ
)
ひ、
人
(
ひと
)
の
窺
(
うかゞ
)
ふことを
許
(
ゆる
)
さず。
獨
(
ひと
)
り
其
(
そ
)
の
中
(
なか
)
にあり。
窠
(
くわ
)
の
四方
(
しはう
)
を
掘
(
ほ
)
り、
深
(
ふか
)
さ
其
(
そ
)
の
根
(
ね
)
に
及
(
およ
)
び、
廣
(
ひろ
)
さ
人
(
ひと
)
を
容
(
い
)
れて
坐
(
ざ
)
す。
唯
(
たゞ
)
紫粉
(
むらさきこ
)
と
紅
(
べに
)
と
白粉
(
おしろい
)
を
齎
(
もた
)
らし
入
(
い
)
るのみ。
花間文字
(旧字旧仮名)
/
泉鏡花
(著)
“猶子”の意味
《名詞》
兄弟の子供。甥や姪。
兄弟や親類、他人の子供を養子として自分の子供としたもの。
(出典:Wiktionary)
“猶子”の解説
猶子(ゆうし)は、実親子ではない二者が親子関係を結んだときの子。漢文訓読では「なほ子のごとし」(訳:あたかも実子のようである)と読み、中国における本義は兄弟の子。
(出典:Wikipedia)
猶
常用漢字
中学
部首:⽝
12画
子
常用漢字
小1
部首:⼦
3画
“猶”で始まる語句
猶
猶予
猶太
猶更
猶太人
猶々
猶豫
猶且
猶與
猶大