“江淮”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
こうわい80.0%
かうくわい20.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
輸送が江淮(こうわい)の間(かん)に限られず、供給のますます豊富になって後まで、価値のようやく賤(いや)しきを思いつつも、なお莫大なる輸出をしていたのが、この洋上の小王国であった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
『松屋筆記』六五に『二十二史箚記(さっき)』三十巻、元の順帝の至正十一年、〈韓山の童倡(とな)えて言う、天下大いに乱れ、弥勒仏下生すと、江淮(こうわい)の愚民多くこれを信ず、果して寇賊蜂起し
瞳(ひとみ)を定(さだ)めてこれを讀(よ)めば——雲横秦嶺家何在(くもしんれいによこたはつていへいづくにかある)、雪擁藍關馬不前(ゆきらんくわんをようしてうますゝまず)——昌黎(しやうれい)、時(とき)に其(そ)の意(い)の何(なに)たるを知(し)らず。既(すで)にして猶子(いうし)が左道(さだう)を喜(よろこ)ばず、教(をし)ふべからずとして、江淮(かうくわい)に追還(おひかへ)す。
花間文字 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
晩唐(ばんたう)一代(いちだい)の名家(めいか)、韓昌黎(かんしやうれい)に、一人(いちにん)の猶子(いうし)韓湘(かんしやう)あり。江淮(かうくわい)より迎(むか)へて昌黎(しやうれい)其(そ)の館(やかた)に養(やしな)ひぬ。猶子(いうし)年(とし)少(わか)うして白皙(はくせき)、容姿(ようし)恰(あたか)も婦人(ふじん)の如(ごと)し。然(しか)も其(そ)の行(おこな)ひ放逸(はういつ)にして、聊(いさゝか)も學(まな)ぶことをせず。
花間文字 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)