汐時しおどき)” の例文
汐時しおどきさえ計っておけば、舟は殆んど同じところを動くことはない。読み飽きれば帽子を顔にかぶせ、舟底へ横になって眠ってもいい。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
折ふし、小屋の木戸は、これから灯も入れ客も入れようとしていた汐時しおどきだった。だが今はそれどころか、降ッて湧いた椿事ちんじである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さ、これでし。皆様みなさん、あちらで。」と手をってのたまうを汐時しおどきと、いずれもするするはらはらともすそさばきて御引取。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
富豪の人身攻撃から段々に強面こわもての名前を売り出し懐中ふところの暖くなった汐時しおどき見計みはからって妙に紳士らしく上品に構えれば、やがて国会議員にもなれる世の中。
双六すごろくの上手の言葉を引いて(第百十段)修身治国の道を説いたり、ばくち打の秘訣(第百二十六段)を引いて物事には機会と汐時しおどきを見るべきを教えている。
徒然草の鑑賞 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
門の外でていよく食い留められた連中は、汐時しおどきがよかったせいか、って見せろと乱入する者もなく、暴動を起して不平を叫ぶこともなく、まあ、明日という日もあるから
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
池かと思うほど静止した堀割ほりわりの水は河岸通かしどおりに続く格子戸づくりの二階家から、正面に見える古風な忍返しのびがえしをつけた黒板塀の影までをはっきり映している。丁度汐時しおどきであろう。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たけなわなる汐時しおどき、まのよろしからざる処へ、田舎の媽々かかあ肩手拭かたてぬぐいで、引端折ひっぱしょりの蕎麦そばきり色、草刈籠くさかりかごのきりだめから、へぎ盆に取って、上客からずらりと席順に配って歩行あるいて
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「この忙がしい汐時しおどきに、悠々と会ってなんかいられるものか、夕方出直して見るがいいや」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はパンツにポロシャツを着ただけで、大きな麦藁帽むぎわらぼうをかぶっていた。海へ出るとかいをあげ、舟を流し放しにして本を読む。汐時しおどきさえ計っておけば、舟はほとんど同じところを動くことはない。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
水をのみにきます廊下で、「今度などが汐時しおどきじゃ。……養生と言って実家うちへ帰したら。」
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前々将軍家時代から久しく営裡えいりに権勢をふるッていましたが、お代がわり以来、風向きがよくないので、早くも身を退く汐時しおどきと感じて、中野桃園ももぞのに隠邸をしつらえて、その日
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
退汐時しおどき水脚みずあしはやいこと、満々たる大河へのぞんで、舟は見る間に流し——。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今、汐時しおどきで、薄く一面に水がかかっていた。が、水よりは蘆の葉の影が濃かった。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どうしていきおいがこんなであるから、立続けに死霊しりょう怨霊おんりょう生霊いきりょうまで、まざまざとあらわれても、すご可恐こわいはまだな事——汐時しおどきさっと支度を引いて、煙草盆たばこぼん巻莨まきたばこの吸殻が一度綺麗きれいに片附く時
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
武蔵は飽くまで小賢こざかしくずるく行動して、いい汐時しおどきにさっと逃げてしまった。——しかし、或る程度までは、かなり野蛮で強いことは強い。だが、達人だなどいう評判はあたらぬも甚だしい。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
汐時しおどきが二つはずれて、朝六つから夜の四つ時まで、苦しみ通しの難産でのう。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朝晩汐時しおどきを見ては拾っておきまして、お客様には、お土産かたがた、毎度婆々ばば御愛嬌ごあいきょうに進ぜるものでござりますから、つい人様が御存じで、葉山あたりから遊びにござります、書生さんなぞは
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)