棕梠しゅろ)” の例文
棕梠しゅろ、芭蕉、椰子樹やしじゅ檳榔樹びんろうじゅ菩提樹ぼだいじゅが重なり合った中に白い卓子テーブル籐椅子とういすが散在している。東京の中央とは思えない静けさである。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼女は、はじかれたようにベンチから飛び上がった。とたんに、棕梠しゅろの葉が手をたたくように揺れて、あたりの闇が、笑い声に騒いだ。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あまり広くない地面に芝を植え、棕梠しゅろの青い葉が、西洋間の窓近くさし出ている。窓は開いて、ピアノの途切れ途切れの音がした。
ヴァリエテ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その儘硝子戸ガラスどに顔を押しあてるようにして、何か化け物じみて見える数本の真白な棕梠しゅろごしに、ぼんやりと暮方の雪景色を眺めていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
りゅうひげのなかのいちはつの花の紫が、夕風に揺れ、二人のいる近くに一本立っている太い棕梠しゅろの木の影が、草叢くさむらの上にだんだん斜にかかって来た。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
授精卵は棕梠しゅろの繊維で編んだ網につけ、その網を水の出入りする隙間のある木箱に入れて川水に沈めて置くのである。
釣十二ヶ月 (新字旧仮名) / 正木不如丘(著)
一人の男が、ぼろを頭の上からまとって棕梠しゅろの木にもたれて、ふところの奥の方をぼりぼりかいていた。隆夫のたましいは、その男の顔を見たとき
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
前夜あらしに屋外にいたことを語っているし、ステッキはピナン島産の棕梠しゅろ製で、鉛を入れて重みがつけてあって
材料には種々あるが、もとより一番多いのは藁蓑わらみのである。藁一式で作る。上等になると「みご」を使う。丈夫を旨として凡てを棕梠しゅろで作る場合もある。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
石畳を一つ起すと、その中に凹みがあって、したたかな棕梠しゅろ縄、かぎ、柄の短かい鶴嘴つるはしなどが入って居ります。
古城の真昼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
挨拶を受けた相手の名誉を顧慮しているのである。土蔵の裏手、翼の骨骼こっかくのようにばさと葉をひろげているきたならしい樹木が五六ぽん見える。あれは棕梠しゅろである。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
山曲やまたわのありふれた盆踊を見たって面白いこともないのだが、所在がないので、では、行って来ようかと前壺のゆるんだ棕梠しゅろの鼻緒の古下駄を曳きずりながら宿を出た。
生霊 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
すゞは、中津らが彼女の家へ押し入ってきた時、俊と一郎と三人で隣の馬貫之マカンシ棕梠しゅろの張った床篦子チャンペイズの下で小さくなっていた。それを覚えている。たしかに三人だった。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
「いいえ、そうそう、こちらからは見えなかった方、棕梠しゅろの蔭に坐っていらした方ですわ」
そこには棕梠しゅろの筆で書いたような、大きなこわい字が五字ばかり床の間にかかっていた。たなの上に見事な白い牡丹ぼたんけてあった。そのほか机でも蒲団ふとんでもことごとく綺麗きれいであった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
棕梠しゅろ花のにおいと、入江の柔かな鹹風しおかぜとがまじった、リオの秋をふく薫風の快よさ。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そのうち、無事に食事もすむ、思い入れよろしくあって、一礼に及んで、棕梠しゅろの葉の風にそよぐヴェランダで、シガーを吹かしていると、遠くの方からペラペラっと、何かしゃべった女がある
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
はっとおびえて眼をあくと、高い棕梠しゅろの葉の下に一人の老僧が立っていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
棕梠しゅろの葉のように大きなお扇子です。そのお話をしてあげましょう。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
その中央に続きに敷かれた棕梠しゅろのマットの上を、猫のように緊張しながら匐い登って行くと、すぐに一つの頑丈なに行き当った。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼女はその裏通りに面して、すぐそれらしい、雪をかぶった数本の棕梠しゅろが道からそれを隔てているきりの、小さな洋館を認めた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
棕梠しゅろの葉の闇は二十分間ほど沈黙をつづけていた。誰か、欠伸あくびをするような声を立ててからまた五分間ほどそよぎもしなかった。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
表のドアの内側は、一本の棕梠しゅろの鉢植、むき出しの円テーブルが一つあるきりの下足場で、そこから階段がはじまっていた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「そして、このお姉様も、およそ面倒くさい、うざうざじゃないかねえ。」「ふふん、仕方が無い、さ。」従妹はぱたん、と棕梠しゅろバタキではえたたいた。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ところが今、隆夫のたましいを面くらわせたものは、イタリアのバリ港の海岸通の棕梠しゅろの木にもたれている男の顔が、なんと彼の父親治明博士に非常によく似ていることであった。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
南向きの庭に、棕梠しゅろが三四本あって、土塀どべいの下はすぐ蜜柑畠である。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ホテルの前の船つきには、棕梠しゅろやコルデリネの繁った花園がある。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
「モスクヷ夕刊」の編輯局のほかに印刷労働者のクラブも出来ているらしく、入口から左手の奥、棕梠しゅろの鉢植ごしに軽食堂ブフェートがある様子だった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そして棕梠しゅろだのオリイブだのの珍奇な植物がシンメトリックな構図で植わっている美しい庭園をもった、一つの洋館の前で、行きづまりになっていた。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
大きな棕梠しゅろ竹や、芭蕉ばしょうや、カンナの植木鉢と、いろいろな贅沢ぜいたくな恰好の長椅子をあしらった、金ピカずくめの部屋の中では、体格の立派な殿宮視学さんと
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼のくちびるを恐怖したのではない——すぐうしろの棕梠しゅろの葉がガサッと妙な音を立てたので、ひょいと振り向いた途端に、わっと、泣くように驚きながら、羞恥しゅうちに眼がくらみそうになったのだった。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
棕梠しゅろの葉の青々したのがうれしかった。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
鉢植の棕梠しゅろのかげにサンドウィッチやお茶を売っているブフェトがあったが、そちらは黒山の人だ。
広場 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そうしてその寝台のすその床の上には、少女よりも心持ち大きいかと思われる棕梠しゅろの毛製の熊が一匹、少女の眠りを守護まもるかのように、黒い、ビックリしたを見開きながら
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
グランド・ピアノの置いてある、プラカートと棕梠しゅろの鉢で飾られた集会の広間がある。
敷詰しきつめた棕梠しゅろのマットの上を、片足で二十歩ばかりもいで行って、病院のまん中を通る大廊下に出た時には、もう片っ方の松葉杖が邪魔になるような気がしたくらい、調子よく歩いていた。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)