木苺きいちご)” の例文
大急ぎで米をとぐと、裏山へ駆けあがって行ったが、木苺きいちごがすこしあるばかりで、喰べられそうなものはなにひとつ見当らなかった。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あたりは青々と、光に満ちていた。風は木々の葉なみをそよがせ、時おり木苺きいちごの長いえだを、ジナイーダの頭上ですっていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
この下りではボウダラの棘やイバラや木苺きいちごとげで大に苦しめられた。一時間ももがいてやっと水のある沢に出られたが道の行衛は不明である。
初旅の大菩薩連嶺 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
木苺きいちごの実の黄色なのはもう口へははいるまいかなぞと尋ね、孫たちをそばへ呼び寄せて放さなかったが、それが最後の日であったことを語った。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
独木舟を操り、水狸や獺をとらえる。麻布あさぬのの製法を知っていて、獣皮と共にこれを身にまとう。馬肉、羊肉、木苺きいちごひしの実などい、馬乳や馬乳酒をたしなむ。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
澄んだ水の流れている岩の多い、渓川たにがわふちを通って、私達は歩いた。こんもりと繁った樹の間には、虎杖いたどり木苺きいちご山独活やまうどが今をさかりと生い立っていた。
木苺きいちごの熟す時分になると、七歳ぐらゐになる私を連れて、山の谿流に沿うて上下し、木苺をかごに丹念に採つて、それを私にも食べさせてくれたのをおぼえて居る。
(新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
子供たちは、食料を求めて山野をあさり歩いた。たまたま、珍しい木苺きいちごなどを発見すると、その場所へ目印を置き、他の仲間へは秘密にして、楽しんだものである。
甘い野辺 (新字新仮名) / 浜本浩(著)
夏の野に木苺きいちごをもとめ、秋の山に木通あけび葡萄ぶどうつるをたずねて、淡い淡い甘味に満足しているのである。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
前の雑木山へは、近所の子供といつしよにつれだつて、木苺きいちごつみや、栗拾くりひろひに、よくあそびに行きましたが、八の字山は、高い山なので、まだ登つたことがありませんでした。
八の字山 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
彼は夜中になるときまってせきが出たので、彼女は彼に木苺きいちごの汁や菩提樹ぼだいじゅの花の絞り汁を飲ませたり、オーデコロンをすり込んでやったり、自分のふかふかしたショールでくるんでやったりした。
可愛い女 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
その深い木立の下草に諸所木苺きいちごがまつ黄に熟れてゐた。
梅雨紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
木苺きいちごの実摘尽つみつくされて花園今はあれにけり。
此辺までは大木が茂って下草は余り生えていなかったが、此処から頭の上が透いてあざみ木苺きいちごが所嫌わず生えているので、手足がチクチク刺される。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
うちそとあるまはつても、石垣いしがきのところには黄色きいろ木苺きいちごつてるし、竹籔たけやぶのかげのたか榎木えのきしたには、かんばしいちひさなちてました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
……それから、お砂糖がかかっているのは裏山の木苺きいちごで、コップにはいっているのは山女魚やまめのスープです。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
刺の生えた木苺きいちごが邪魔で仕方がない、地面も凹凸があって歩きにくい、水の流れた跡は幾筋もあるがどれも新らしいものではなかった。耳を澄しても水の音などは更に聞えぬ。
釜沢行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
之が石塔尾根に登って行く路であって、登り囗はそれとも分らないように倒木が横たわったり、木苺きいちごが茂ったりしているが、少し上ると闊葉樹の大森林の中に判然と路の形がつけられている。