憫然びんぜん)” の例文
もっとも、従来の仏教家はこの愚論にいちいち答弁して、かえって愚論に愚論の上塗りをしているのは、実に憫然びんぜんの次第に思われます。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
往復ハガキで下らない質問の回答を種々の形の瓢箪ひょうたん先生がたに求める雑誌屋の先祖のようなものに、千成瓢箪殿下が成下るところがいささ憫然びんぜんだ。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかるに他の諸学者連はこの慧眼なる二学者の警鐘に耳をおおいあえてその誤りを覚らないのは憫然びんぜんのいたりである。
カキツバタ一家言 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
のに振り向いてどてらの方へあるき出したのだから、歩き出しながら何となく自分に対して憫然びんぜんな感がある。と云うものはいくらどてらでも人間である。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは情けなくも激しく強くなり増さるばかりだった。もう自分で自分の心根こころね憫然びんぜんに思ってそぞろに涙を流して、自らを慰めるという余裕すらなくなってしまった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
憫然びんぜんと日記を繰り返してみたが、どの一行も誇張した表現ばかりで、空疎な、白じらしい、実感のない記述のように思え、やりきれなくなってひきだしへ押し込んでしまった。
四年間 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
掛合中門弟しゅが引出して、眼前にあっても取るもございません、又門外で打擲になりましたの始末、お得心の上からはお隠しなく友之助が憫然びんぜん思召おぼしめしてお返し下さるよう願います
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
憫然びんぜんなお前は、それがひびの入った聡明さだということに気付かなかったのだね。
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
あの小学校の廊下のところで、人々の前にひざまづいて、有のまゝに素性を自白するといふ行為やりかたからして考へても——確かに友達は非常な決心を起したのであらう。其心根は。思へば憫然びんぜんなものだ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その死骸しがいのそばに、不憫ふびんというか、笑止というか、それとも憫然びんぜんのいたりというか、同じく高手小手にくくしあげられて、げっそり落ちくぼんだ目ばかりピカピカ光らせていた者は、だれでもない
思えば列とは何と一抹の憫然びんぜんさをも漂わしていることだろう。
列のこころ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そのはなはだしきに至っては、安心税のためにかえって迷心を増長するがごときものあり。これ、実に憫然びんぜんたらざるを得ず。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
しかるに他の諸学者達はこの慧眼なる二学者の警鐘に耳を掩おい、あえてその誤りを覚らないのは憫然びんぜんの至りである。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「オキスフォード」で「アン」を見失ったとか、「チェヤリングクロス」で決闘を見たとか云うのだと張合があるが、いかにも憫然びんぜんな生活だからくだらない。
倫敦消息 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
幹太郎は憫然びんぜんと、天床を見あげていた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
学者だろうが、何だろうがおれに頭をさげねばならんと思うのは憫然びんぜんのしだいで、彼らがこんな考を起す事自身がカルチュアーのないと云う事実を証明している
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いへ敷居しきゐまたいだ宗助そうすけは、おのれにさへ憫然びんぜん姿すがたゑがいた。かれ過去くわこ十日間とをかかん毎朝まいあさあたま冷水れいすゐらしたなり、いまかつくしとほしたことがなかつた。ひげもとよりいとまたなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
家の敷居をまたいだ宗助そうすけは、おのれにさえ憫然びんぜんな姿をえがいた。彼は過去十日間毎朝頭を冷水れいすいらしたなり、いまだかつてくしの歯を通した事がなかった。ひげもとよりいとまたなかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただし普通なだけに、これぞと取り立てて紹介するに足るような雑作ぞうさくは一つもない。普通と云うと結構なようだが、普通のきょく平凡の堂にのぼり、庸俗の室にったのはむしろ憫然びんぜんの至りだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
主人の内の鼠は、主人の出る学校の生徒のごとく日中にっちゅうでも夜中やちゅうでも乱暴狼藉ろうぜきの練修に余念なく、憫然びんぜんなる主人の夢を驚破きょうはするのを天職のごとく心得ている連中だから、かくのごとく遠慮する訳がない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)