ふり)” の例文
志「萩原君、君を嬢様が先刻さっきから熟々しけ/″\と見ておりますよ、梅の花を見るふりをしていても、眼のたままる此方こちらを見ているよ、今日はとんと君に蹴られたね」
素知らぬふりをしてるのは、干からびた鹽鱒しほびきの頭を引擦つて行く地種の痩犬、百年も千年も眠つてゐた樣な張合のない顏をして、日向ひなたで欠伸をしてゐる眞黒な猫
赤痢 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
貫一はかの客の間の障子を開放あけはなしたるを見て、咥楊枝くはへようじのまま欄杆伝てすりづたひにおもてを眺め行くふりして、その前をすぐれば、床の間に小豆革あづきがは手鞄てかばんと、浅黄あさぎキャリコの風呂敷包とをならべて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
芳紀とし正に二八にはちながら、男女おとこおんな雌雄めおの浪、権兵衛も七蔵も、頼朝も為朝も、立烏帽子たてえぼしというものも、そこらのいわおの名と覚えて、崖に生えぬきの色気なし、なりにもふりにも構わばこそ。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つぎに運ばれてきた火酒ウォッカびんからは、相手にだけすすめて、自分は飲むふりに止めておくように、夫人は、眼立たないように注意した。三十分もすると、ギリシャ正教徒の生けるしかばねができあがった。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
心懸けのい、実体じっていもので、身が定まってからも、こうした御機嫌うかがいに出る志。おしゅうの娘に引添ひっそうて、身を固めてふりの、その円髷のおおきいのも、かかる折から頼もしい。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
又そっと障子を明けて庭の梅の花を眺めるふりをしながら、ちょい/\と萩原の顔を見て又恥かしくなり、障子の内へ這入はいるかと思えば又出て来る、出たり引込ひっこんだり引込んだり出たり
マタ・アリはああして今度フランスのためにスパイを働くようなふりをしながら、じつはあれは一時逃れで、初めから名簿を持ってベルギーへ入国したら、さっそくそれをドイツ密偵部へ呈示して
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
髪の毛一筋抜けたって、女は生命いのちにかかわります。置きどころもない身体からだを、あなたの目にさらすんですもの、なりふりもありはしません。文学少女とかいうものだって、鬼神に横道なしですよ。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その取乱したふりの、あわただしいうちにも、なまめかしさは、姿の見えかくれる榎の根の荘厳に感じらるるのさえ、かえって露草の根の糸の、細く、やさしくそよもつれるように思わせつつ、堂の縁を往来ゆききした。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)