思遣おもいや)” の例文
容体がさも、ものありげで、鶴の一声というおもむきもがき騒いで呼立てない、非凡の見識おのずからあらわれて、うちの面白さが思遣おもいやられる。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窓をあけると、鳶色とびいろに曇った空の果に、山々の峰続きが仄白ほのじろく見られて、その奥の方にあると聞いている、鉱山やまの人達の生活が物悲しげに思遣おもいやられた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「だって、兄さんが留守勝で、さぞ御淋おさむしいでしょうなんて、あんまり思遣おもいやりが好過よすぎる事をおっしゃるからさ」
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やはり吒祇尼法であったろうことは思遣おもいやられるが、他の者に祈られて狐が二匹室町御所から飛出とびだしたなどというところを見ると、将軍長病で治らなかった余りに
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
なつは三之丞と四つ違いで、さして美人というのではないが、思遣おもいやりの深い利巧な娘だった。
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それには又、僕の苦しい立場を救ってやろうという、優しい思遣おもいやりもあるのです
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一度いちど商売したものは辛抱の置き処が違ふ故当人いかほど殊勝の覚悟ありても素人しろうとのやうにはかぬなり。これをたくみに使つて身を落ちつかせてやるは亭主となつた男の思遣おもいやり一ツによる事なり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
かれはハバトフが昨日きのうのことはおくびにもさず、かつにもけていぬような様子ようすて、心中しんちゅう一方ひとかたならず感謝かんしゃした。こんな非文明的ひぶんめいてき人間にんげんから、かかる思遣おもいやりをけようとは、まった意外いがいであったので。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
と法師から打背うちそむく、とおもかげのその薄月の、婦人おんなの風情を思遣おもいやればか、葦簀よしずをはずれた日のかげりに、姥のうなじが白かった。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
菰田源三郎の墓の隣には源三郎の祖父に当る人の棺が埋めてあるのですが、そこには今、あなたの思遣おもいやりのあるはからいで、おじいさんと孫とが、骨と骨とで抱合って、仲よく眠っているのですよ
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それがせめてもの思遣おもいやりに見えたけれども、それさえ、そうした度の過ぎた酒と色に血の荒びた、神経のとげとげした、狼の手で掴出された、青光あおびかりのするはらわたのように見えて
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やしろを塗り、番地に数の字をいた、これが白金しろかねの地図でと、おおせで、老人の前でお手に取ってひらいて下され、尋ねますうちを、あれか、これかと、いやこの目のうといを思遣おもいやって
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
息苦しいほどで、この日中が思遣おもいやられる。——海岸へ行くにしても、途中がどんなだろう。見合せた方がよかった、と逡巡しりごみをしたくらいですから、頭脳あたまがどうかしていはしないかと、あやぶみました。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と聞くさえ、……わけて熊野の僻村らしい…その佗しさが思遣おもいやられる。
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)