床脇とこわき)” の例文
半十郎は、なにをと叫び、床脇とこわきから鉄砲をとって戸外へ走りだしたが、ちまたには夕闇ばかりで、喜三郎のすがたは、もうなかった。
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
春琴は常に我が居間の床脇とこわきの窓の所にこの箱をえてき入り天鼓の美しい声がさえずる時は機嫌きげんがよかった故に奉公人共は精々水を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と常に、油断はせずに、肌身を離さずにいると見せて、実は、その部屋の床脇とこわきにある、色鍋島いろなべしまの壺の底へ隠しておいたのだ。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日曜日に本郷ほんごうから帰って来られたお兄様が、床脇とこわきの押入れの中に積重ねてあった本の中から一冊を抜出して、「こんな本を読んで見るかい」とおっしゃいました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
床脇とこわきたなのところに、加世子のスウツケースや風呂敷包ふろしきづつみがあり、不断着が衣紋竹えもんだけにかかっており、荒く絵具をなすりつけた小さい絵も床脇の壁に立てかけてあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
塗りにも蒔絵まきえにも格別特色は見られなかった。それでも、昨年静岡の家が焼けるまでは、客間の床脇とこわき違棚ちがいだなに飾ってあって、毎朝布巾ふきんで、みずからほこりぬぐっていた。
床脇とこわきの壁に、真っ黒な大入道がうごめいている……と見えたのは、峰丹波の四角な影。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
藤棚の藤がさやになって朝風にゆらめくのを少し寝不足の眼で私がうっとりと眺めて入って居ると麻川氏は私のずっと後の薄暗い床脇とこわき蹲居そんきょ恰好かっこうすわり込んだ。そしてしばらく黙って居た。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
欄間の飾りより天井板まで美を尽してしかも俗ならぬやうに、家はくさびを打ちて動かぬやうに建てたらんが如く、天保は床脇とこわきの柱だけ丸木を用ゐ、無理に丸窓一つを穿うが手水鉢ちょうずばち腕木うでぎも自然木を用ゐ
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それはまァいいが、あそこの床脇とこわきの棚は、醍醐の三宝院の古いものをそっくり持ってきたので、国宝ぐらいのねうちのあるものだった。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
真っ暗な、奥の一間へ入って、床脇とこわきの壁をギーと押した。壁に蝶番ちょうつがいがついていてくのである。と、床下へ向って深く、石の段がおちこんでいる。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
粗末な板張りの座敷ではあるけれども、枕上まくらがみのところに仮りのとこが設けてあって、八幡大菩薩はちまんだいぼさつじくかゝっている。床脇とこわきに据えた持佛じぶつ厨子ずしには不動明王が安置してある。
室内は適度に保温されて、床脇とこわきの違い棚の上に華奢きゃしゃな鶯の籠が載せてある。鶴見にはそれがこのへやの表象ででもあるように目立って見えた。鶯は籠の中を時計の振子のようにあちこちと動いている。
床脇とこわきの違い棚まで、小判を満載した三宝がならべられて……。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
醍醐だいごの三宝院を写した、床脇とこわきの棚を壊して、不潔極まる婦人の洗滌器を据えつけたのは、君がやらせたことなんだね?」
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
見れば、煤竹すすだけ一節ひとふしを切った花入れに、一輪の白菊をけてささげている。静かに、秀吉の横へ坐って、菊の姿のくずれぬ程に、そっと床脇とこわきにおいた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は努めてその考を打ち消しながら、あまり額を視詰めていると不気味になって来るので、床脇とこわきの違いだなの方へ眼を移した。と、そこにも、妙子の最近の製作に成る羽根の禿かむろの人形があった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
健吉は、後ろの床脇とこわきの小壁を、眼でした。水引のかかったままの竹刀と、免許状の包みとが置いてあった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
床脇とこわきの棚は醍醐の三宝院の写し、縁の手摺りは桂御所のを、杉戸は清閑院の御殿のを写し、なにもかもみな写しで、つい大正のはじめごろまでは、畳縁に鶴ノ丸の小紋を散らした上段の間に
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そして今お稲が探っている所は、何かの場合には、あの床脇とこわきの戸棚からのがれるようにしてある隠し道だ。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
掛障子かけしょうじの紙の色が暗い床脇とこわきに白く目立って、秘かにめた夕暗の中に、人の気配もほのかであります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)