大川端おおかわばた)” の例文
東京へ帰ると、彼はまた大川端おおかわばたの家へ行って、風呂ふろに入ったり食事をしたりして、やっと解放されたような気分になれるのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私は毎年まいねんの暑中休暇を東京に送り馴れたその頃の事を回想して今に愉快でならぬのは七月八月の両月ふたつき大川端おおかわばた水練場すいれんばに送った事である。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私が始めて三浦の細君に会ったのは、京城から帰って間もなく、彼の大川端おおかわばたの屋敷へ招かれて、一夕の饗応きょうおうに預った時の事です。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
材木町の大川端おおかわばたに面した家並の、細い路地をはいると、小さな二戸建の家があり、路地のつき当りは、すぐ大川になっていた。
大川端おおかわばたの方でよく上方唄かみがたうたなぞを聞かせてくれた老妓ろうぎが彼の側へ来た。この人は自分より年若な夫の落語家と連立って来て、一緒に挨拶した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
順承はむすめ玉姫たまひめを愛して、これに壻を取って家を護ろうとしていると、津軽家下屋敷の一つなる本所大川端おおかわばた邸が細川邸と隣接しているために、斉護と親しくなり
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
暮れるに早い秋の日はもう落日が迫って、七橋ななはし八橋やはし七堀ななほり八堀やほりと水の里の深川たつみが近づくにしたがい、大川端おおかわばたはいつのまにかとっぷりと夕やみにとざされました。
うらみ多い晩春の夕べ、八丁堀から大川端おおかわばたへ出ると、何だかこう泣きたくなるような風物です。
土手の上は、私達のような避難者で一ぱいだった。父は大川端おおかわばたへ行って、狂おしいように流れている水の様子を眺めてから、再び一人で水漬みずついた家々の方へ引っ返していった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
だから大川端おおかわばたで眼の下三尺のこいを釣るよりもよっぽどの根気仕事だと、始めから腰をえてかかるのが当然なんだが、長蔵さんはとんとそんな自覚は無用だと云わぬばかりの顔をして
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お絹のおそろしい眼から逃れた林之助は、大川端おおかわばたまで来て初めてほっとした。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ですからその夜は文字通り一夕のかんを尽した後で、彼の屋敷を辞した時も、大川端おおかわばたの川風に俥上の微醺びくんを吹かせながら、やはり私は彼のために
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこは大川端おおかわばた町というところで、舟宿や釣道具屋などのほかは漁師の家がたてこんでおり、堀のほうには舟をつなくいが、片方だけずらっと列をなしている。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
大川端おおかわばたなる元柳橋もとやなぎばしは水際に立つ柳と諸共もろとも全く跡方なく取り払われ、百本杭ひゃっぽんぐいはつまらない石垣に改められた。
を善くして、「外浜画巻そとがはまがかん」及「善知鳥うとう画軸」がある。剣術は群を抜いていた。壮年の頃村正むらまさ作のとうびて、本所割下水わりげすいから大川端おおかわばたあたりまでの間を彷徨ほうこうして辻斬つじぎりをした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
芝居の帰りに、銀子は梅園横丁でお神に別れ、「いやなやつ」と思いながら、ほかのも行っているというので、教えられた通り、大川端おおかわばたに近い浜町の待合へ行ってみた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大川端おおかわばたの方に住む田辺の弘——岸本が恩人の息子さんも、岸本の東京に着いたことを知って訪ねて来た。三年経ってた一緒に成って見ると、弘ももう立派なお父さんだ。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二人はいつの間にやら大川端おおかわばたに出ておりました。
海野得石という医者は、いかがわしい治療をして金をもうけ、大川端おおかわばた町で「海石」という料理茶屋を、そして日本橋平松町で「豊島屋」という宿屋を経営していた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
自分は、大川端おおかわばたに近い町に生まれた。家を出てしいの若葉におおわれた、黒塀くろべいの多い横網の小路こうじをぬけると、すぐあの幅の広い川筋の見渡される、百本杭ひゃっぽんぐい河岸かしへ出るのである。
大川の水 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大川端おおかわばたまで出ると酒もめた。身にみるような冷い河風の刺激を感じながら、少年の時分に恩人の田辺の家の方からよく歩き廻りに来た河岸かしを通って両国の橋のほとりにかかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
長吉は浜町はまちょうの横町をば次第に道の行くままに大川端おおかわばたの方へと歩いて行った。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「なぜこれこれだと云ってくれないんだ」栄二は大川端おおかわばたのほうへ向いながら独り言を云った、「子飼いからそこそこ十年にもなろうっていうのに、あんまり水くせえじゃあねえか」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
すると番附には「ピストル強盗ごうとう清水定吉しみずさだきち大川端おおかわばた捕物とりもの」と書いてあった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その日は捨吉の兄も大川端おおかわばたの下宿の方から呼ばれて来た。宿は近し、それに大勝の大将は田辺の主人の旦那でもあればこの民助兄に取っての旦那でもあって、そんな関係からよく訪ねて来る。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
骨にしみとおるほど寒い、筑波つくばおろしに吹かれながら、大川端おおかわばたに茫然とたたずんでいたり、また、山の手の、どことも知れぬ町を、ひもじさにふるえながら、歩きまわることもあった。
僕は確か父といっしょにそういう珍しいものを見物した大川端おおかわばたの二州楼へ行った。活動写真は今のように大きい幕に映るのではない。少なくとも画面の大きさはやっと六尺に四尺くらいである。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)