墨汁すみ)” の例文
しきり酒がすむと、新右衛門は筆を執り上げて屏風に向つた。たつぷり墨汁すみを含ませた筆先からは、色々いろんな恰好をした字が転がり出した。
そうして銃身の撥条バネ墨汁すみで塗ったヒューズと取り換えておいたのです。……ですから撃鉄ひきがねを引いても落ちやしないんです。この通りです
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
はて不思議と怪しんでゐるうち、墨汁すみで濁つた水もやう/\澄んで、あたりが見えるやうになると、二度びつくりしました。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
鼻紙を一枚、念入りにしわこさえて、ガラッ八の膝の下に置くと、禿筆ちびふでへたっぷり墨汁すみを含ませて、嫌がる手に持たせました。
壁は、墨汁すみによごれていた。四側よかわに並んだ机には、約二十人ほどの学童が、いて姿勢を正して、師の講義を聞いていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は自分の机の上——墨汁すみやインキで汚れたり小刀でゑぐり削られたりした机の上の景色、そこに取出す繪、書籍、雜誌などのことをくはしく御話して見たら
暴風雨のために準備したく狂いし落成式もいよいよ済みし日、上人わざわざ源太をびたまいて十兵衛とともに塔に上られ、心あって雛僧こぞうに持たせられしお筆に墨汁すみしたたか含ませ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
日本の墨壺すみつぼと云うのは、磨た墨汁すみ綿わた毛氈もうせん切布きれしたして使うのであるが、私などが原書の写本に用うるのは、ただ墨を磨たまゝ墨壺の中に入れて今日のインキのようにして貯えて置きます。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
だが、画家ゑかきといふものは、時々ちよい/\木炭をぜににも事を欠くもので、そんな時には猿はまつたやうに墨汁すみの使ひ残しをめる。
鼻紙を一枚、念入りにしわを拵へて、ガラツ八の膝の下に置くと、禿筆ちびふでへたつぷり墨汁すみを含ませて、嫌がる手に持たせました。
敵と見ると、ほかの者を犠牲にしても自分だけ助かろうとする。いよいよとなると毒針を振廻す。墨汁すみを吹く。小便を放射し、悪臭を放散する。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「なに、俺が、書いてやるのだ。白木綿しろもめんいて来い。——それから、大きな筆と、墨汁すみも、たっぷりと」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蛸は敵にあつてにげるときや、大きな獲物を襲ふときには、口から墨汁すみをふいて、あたりを真つ暗にする習慣をもつてゐます。つまり、我々が戦争をするとき、煙幕を張ると同じわけです。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
土橋どばしの方角を指して帰って行く道すがらも、まだ捨吉はあのむかしの窓の下に、あの墨汁すみやインキで汚したり小刀ナイフえぐり削ったりした古い机の前に、自分の身を置くような気もしていた。壁がある。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
暴風雨のために準備したく狂ひし落成式もいよ/\済みし日、上人わざ/\源太をび玉ひて十兵衞と共に塔に上られ、心あつて雛僧こぞうに持たせられし御筆に墨汁すみしたゝか含ませ、我此塔に銘じて得させむ
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
小さな墨汁すみかん。頬紅と口紅を容れたコンパクト。化粧水。香油。クリーム。練白粉ねりおしろいの色々……等々々。いずれも、斯様かような部屋に似合しからぬ品物ばかりで……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
だが、豆猿の好きなのは使ひ残しの墨汁すみの事で、文展に落選した女画家をんなゑかきの涙までも嘗めて呉れるか、うかは請合うけあはれない。豆猿は余り水つぽい物は好かないさうだから。
ふたりが痴話ちわけているまン中の部屋で、ひとりちょかいみたいな寝相ねぞうをして、朝の鏡に目をこすり「わるい悪戯いたずらをしやあがる」と顔の墨汁すみをあらい落して怒らぬところもあった男だ。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何処の画家ゑかきでも墨汁すみの使ひ残しに難渋するもので、幾ら忠実だからと言つて、女房かないにそれを食べさす訳にもかないが、豆猿は好物だけに舌鼓したつゞみを打つてぺろりとそれを嘗め尽してしまふ。
大きい文字を書く折にはわざと筆を用ゐないで、きぬをぐるぐる巻にして、その先に墨汁すみを含ませて、べたべたなすくるのをひどく自慢にしてゐたといふ事だが、これなどもまあ一寸したおもつきいたづらだ。