偶〻たまたま)” の例文
やむを得ず非礼を冒して、偶〻たまたま坐右にあるというだけの理由で、某氏の手に成るすぐれた飜訳をその原文と対照することにする。
翻訳遅疑の説 (新字新仮名) / 神西清(著)
するときひざの高さ三尺ばかりあり。偶〻たまたま足跡を見るに五六尺もありて、一歩に十余間を隔つと云へり(『日東本草図彙』)。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そうして、偶〻たまたま聚楽社の秋葉君に逢い、ついに発行を決めるに至った。雑誌は初め『民藝』と題したが、青山等の意見で『工藝』に変った。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
この孫の父、つまり私の長男が小さかつたとき、私の親友が抱いても泣きさけぶのに、偶〻たまたま上京してゐた私の長兄には平然として抱かれてゐた。
(新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
或は以て舛誤となし、或は以て改定となす、皆な非なり。けだし伝ふる所の本、偶〻たまたま同じからず、而かも意は則ち一なり。北人は向を謂ひて望となす。
話し合って見ると偶〻たまたまその方が奥さんのお友達でいらっしゃることが分り、二人でしばらくあなた方のおうわさをした。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
月謝が五百円上るの六百円上るのという。偶〻たまたま大阪から帰った同業が訪ねて来て、そんな噂をして行った後
心のアンテナ (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
だからこれは物理学的仮説としてはたしかに無理な内容のものではあるが、経験的事実と理論的認識との連絡づけが仮説であるという意味を偶〻たまたまよく物語っている。
辞典 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
偶〻たまたまその仲間へ入ったばかりの、ぼくの菜ッ葉服などは、余りにきれいなので肩身がせまく、人知れずわざとペン刷毛はけで黒ペンや赤ペン白ペンなどを服地へこすりつけて
三氏のような博詞宏弁をくし得ない鈍根な私の書いたものが、偶〻たまたま三氏のお目に触れたというだけでも、私に取ってはかなり嬉しいことであるのに、「唯だて過ぎよ」とせずに
この用語の錯誤が偶〻たまたま愛の本質と作用とに対する混同を暴露してはいないだろうか。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それで偶〻たまたま珍しい飲食商人が来ると、余は奨励のためにそれを買うてやりたくなる
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
航海はこれまでは無事であった。しかし偶〻たまたまラブアン島辺へ正午頃船が差しかかった時突然大難が起こったのであった。すなわち、海賊——袁更生の船が汽船を沈没させたのであった。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これは私が今年(昭和十三年)越後の一農村で偶〻たまたま目撃したことである。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
三月五日 椎花すいか追悼会。英勝寺。偶〻たまたま伊勢俳人数名来る。
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかる処、偶〻たまたま日清も平和に談判調ととのいたりとの報あり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
射落し志望者は皆二十五六の青年だから自分の年と較べて見て、差控えていたのだった。偶〻たまたま藤浪君は貞代さんの聯想から一つ年上でも堪能たんのう出来る心境にいた。
善根鈍根 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
もともと煙の香に一種の係恋けいれんを持っていたのだから中学の三年ごろから、秘かに煙草むことをおぼえて、一年ぐらい偶〻たまたまに喫んでいたが、ある動機で禁煙して
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
大正十五年正月のこと偶〻たまたま河井や浜田と高野山に旅した時、一夜宿房(西禅院)で何か適当な言葉はないものかと話し合いついに「民藝」という言葉を生み出した。
フォークやナイフが不揃ふぞろいであったり足りなかったりして、時々カタリナは手づかみで物を食べていたが、そんなところを偶〻たまたま客に見付けられるとな顔をするので
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
偶〻たまたま、清盛が子の重盛以下五十余人をつれ、紀州へ旅立ったことが、彼らに、大事決行を誘発させ、院御所の夜襲、皇居の占領、天皇上皇の幽閉という、前古にない日本の暗夜と
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年頃としごろ此山中を経過すれども、未だ見たること無き処なれば、始めて道に迷ひたることを悟り、かつは山の広大なることを思ひ、歎息してたゝずみしが、偶〻たまたまあたりの谷蔭に人語の聴えしまゝ
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
偶〻たまたま藤床上、淵明の詩あるを見、因て取りて之を読む。欣然会心、日まさに暮れんとし、家人食に呼ぶも、詩を読むまさに楽く、夜に至つてつひに食に就かず。今之を思ふに、数日前の事の如く也。
私がこの研究を選んだのではなく、この研究に偶〻たまたま私が招かれたに過ぎないのです。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
偶〻たまたまこいさんが洋裁学院に来たはることを思い出したので、これは万難を排しても救助に行って上げなければならん、と心づき、遮二無二しゃにむに濁流の中を駈け付けた、と云うのであった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼もまた流浪るろうして、伯耆国ほうきのくにの横田内膳ないぜん飯山いいやま城に身をよせていたが、偶〻たまたま、その内膳は、主筋にあたる中村伯耆守ほうきのかみに殺害され、飯山城は伯耆守の手勢にとり囲まれるところとなった。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのことを僕が偶〻たまたま帰省したりするとあねなどがよく話して聞かせたものである。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
今のは偶〻たまたま君が熊本だから、研究の一端を発表して度胆を抜いたまでの話さ。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そのさい、ほかの御用もあったので、出版局の春海局次長や顧問の嘉治隆一氏なども偶〻たまたま御一しょであった。偶然とはいえ公私にわたるこの御縁に大きなよろこびと恐縮を私は抱いた。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
広い意味からいうと世に女婿ならざる良人はない。偶〻たまたま自分は勤めている会社の支配人の女婿なのである。何も割引をして考える必要はない。それに女婿だから会社に勤めているのではない。
女婿 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
野路、山路、あるいは真っ暗な松並木で、偶〻たまたま悪い男に出会っても、この仮面めんをつけて、道のまン中を静かに歩いていれば、向うで悲鳴をあげて逃げても、指をさす憂いがまったくありません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうなると、僕も甚だ値打がないようだけれど、この英一が偶〻たまたま僕の天稟を証明してくれる。まだ六つだけれど、実に鋭い。目から鼻へ抜ける。僕の子供の時によく似ていると両親が言っている。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
これは偶〻たまたまもって、僕の頭が年以上だったという事実の証明になる。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
尾崎君は偶〻たまたま随明寺の檀家だった。
合縁奇縁 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)