“はたち”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:ハタチ
語句割合
二十歳51.4%
二十37.8%
廿歳4.7%
畑地2.0%
廿1.8%
畠地1.0%
二十才0.4%
二十年0.2%
廿代0.2%
弱冠0.2%
(他:1)0.3%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
主人の弟の佐野松は、二十歳はたちを越したばかりの、こいつは本當に光る源氏のやうな男で、相手は間違ひもなく男と知りながら
「あすこの娘なら知っています。おきわと云って近所でも評判の小町娘こまちむすめで、もう十九か二十歳はたちになるでしょう」
半七捕物帳:20 向島の寮 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
じゃが、お身がその年になっても、まだ二十はたち代の若い心や、瑞々みずみずしい顔を持って居るのは、宋玉のおかげじゃぞ。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
「年でもあるまい。二十はたち越した娘を育てたものが、何、恥しい。何、殿方に、ははは、こりゃ好いた人には娘のようじゃ。」
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なんがことたまそれよりはぢやうさまのうへづかはしゝ、廿歳はたちといふもいまなるを
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その折給仕に出たのは廿歳はたちばかりの可愛かあいい顔をした小間使ひの一人で、膝の上でお盆をいぢりながら、頻りに漱石氏の顔に見とれてゐた。
緑葉りよくえふはやしでめぐらしてる、其中そのなか畑地はたちほかには人一個ひとひとりえぬ。
順作と女は柵のない郊外電車の踏切を越えて、人家と畑地はたちの入りまじったみちを歩いて往った。
藍瓶 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
十位とをぐらゐでもそれから廿はたちるものでもみな前垂まへだれけてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「おつぎも身體からだみつしりしてたなあ、をんな廿はたちつちややくつなあ」とおつぎをていつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
田舎いなか畠地はたちなどを売ろうとしたって容易には売れませんし、いざとなると足元を見て踏み倒される恐れがあるので、私の受け取った金額は、時価に比べるとよほど少ないものでした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この灯火管制がうまく行われているか、いないかによって、敵の航空軍が東京を発見する難易がまる。真暗になっていると、その上を通っても、畠地はたちだか山林だか市街だかわからないのである。
空襲下の日本 (新字新仮名) / 海野十三(著)
唇のキリリとした、年の頃十九、二十才はたち、何んとなく智的な感じのする、そのくせ
悪人の娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
と、しきりにまご/\して居る処へ、這入って来ました娘は、二十才はたちを一つも越したかと云う年頃、まだ元服前の大島田、色の白い鼻筋の通った二重瞼ふたえまぶちの、大柄ではございますが人柄の
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それら全部の救護は、ことごとく、少数の医員たちのほか、すべて二十年はたち以下の、年わかい看護婦五十名の、ちつじょただしい、ぎせい的の努力によって、しとげられたのです。
大震火災記 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
柚子はながい間、稚い才覚で、自分一人の生活を、設計施工してきたわけで、廿代はたちの娘の手にあまるような、むずかしいことでも軽々とやってのけるが、あまりにまっすぐな積極性が、時には、うるさい感じをおこさせないでもない。
春雪 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
——断っておくが、井深君の齢は、そんな身形みなりをしても、未だ三十二歳には少し間があって、しかもその実際よりも更に三つ四つ若く、つまり弱冠はたちそこそこにしか見えないような童顔をしていた。
(新字新仮名) / 渡辺温(著)
ご覧なされ足跡が、土手下の耕地はたちを両国の方へ、走っているではござらぬかな。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三人は耕地はたちを寮の方へ、大急ぎで帰って行った。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)