“うぢ”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:ウヂ
語句割合
66.7%
9.5%
宇遲4.8%
菟道4.8%
兎道4.8%
4.8%
素姓4.8%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
秀吉ひでよしこころざしおほいなるも、一四七はじめより天地あめつちに満つるにもあらず。一四八柴田と丹羽にはが富貴をうらやみて、羽柴と云ふうぢを設けしにてしるべし。
わたしがものをいて、返事へんじ躊躇ちうちよをなすつたのは此時このときばかりで、また、それはいぬしゝだとか、おほかみだとか、きつねだとか、頬白ほゝじろだとか、山雀やまがらだとか、鮟鱇あんかうだとかさばだとか、うぢだとか、毛虫けむしだとか、くさだとか
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
また丸邇わに比布禮ひふれ意富美おほみが女、名は宮主矢河枝みやぬしやかはえ比賣に娶ひて生みませる御子、宇遲うぢ和紀郎子わきいらつこ、次に妹八田やたの若郎女、次に女鳥めどりの王三柱。
また息長眞手おきながまての王が女、比呂ひろ比賣の命に娶ひて、生みませる御子、忍坂おさか日子人ひこひと太子みこのみこと、またの名は麻呂古の王、次に坂のぼりの王、次に宇遲うぢの王三柱。
本朝に儒教をたふとみてもは王道わうだうたすけとするは、菟道うぢきみ百済くだら七六王仁わにを召して学ばせ給ふをはじめなれば、此の兄弟はらからきみ心ぞ、やが漢土もろこしひじりの御心ともいふべし。
皇朝くわうてうの昔、七〇誉田ほんだの天皇、兄の皇子みこ七一大鷦鷯おほさざききみをおきて、すゑ皇子みこ七二菟道うぢきみ七三日嗣ひつぎ太子みことなし給ふ。天皇崩御かみがくれ給ひては、兄弟はらからゆづりて位にのぼり給はず。
あきのみ草苅くさか宿やどれりし兎道うぢ宮処みやこ仮廬かりいほおもほゆ 〔巻一・七〕 額田王
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
わが兄弟なりし者にモロントとエリゼオとあり、わが妻はポーのたによりわがもとに來れり、汝のうぢかの女より出づ 一三六—一三八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
既に興れり、されど素姓うぢ賤しかりしかば、ウベルティーン・ドナートはその後舅が彼をばかれらの縁者となしゝを喜ばざりき 一一八—一二〇
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)