鼓草たんぽぽ)” の例文
不忍池しのばずのいけを左に、三枚橋、山下、入谷いりやを一のしに、土手へ飛んだ。……当時の事の趣も、ほうけた鼓草たんぽぽのように、散って、残っている。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
川音がタタと鼓草たんぽぽを打って花に日の光が動いたのである。濃くかぐわしい、その幾重いくえ花葩はなびらうちに、幼児おさなごの姿は、二つながら吸われて消えた。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あたたかい、やさしい、やわらかな、すなおな風にさそわれて、鼓草たんぽぽの花が、ふっと、綿わたになって消えるようにたましいがなりそうなんですもの。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鼓草たんぽぽの花の散るように、娘の身体からだは幻に消えても、その黒髪は、金輪こんりん、奈落、長く深く残って朽ちぬ。百年ももとせ千歳ちとせせず、枯れず、次第に伸びて艶を増す。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
道々お摘みなすった鼓草たんぽぽなんぞ、馬に投げてやったりなさいましたのを、貞造が知っています。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うつゝにげば、うつゝにこえて、やなぎ土手どてに、とんとあたるやつゞみ調しらべ鼓草たんぽぽの、つゞみ調しらべ
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
うの花にはまだ早い、山田小田おだ紫雲英げんげのこんの菜の花、並木の随処に相触れては、狩野かの川が綟子もじを張って青く流れた。雲雀ひばりは石山に高くさえずって、鼓草たんぽぽの綿がタイヤのあおりに散った。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あらく、まばらに、巨石おおいしおもてにかかって、ぱッと鼓草たんぽぽの花の散るように濡れたと思うと、松のこずえを虚空から、ひらひらと降って、胸をかすめて、ひらりと金色こんじきに飜って落ちたのはふなである。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
松島の道では、鼓草たんぽぽをつむ道草をも、溝をまたいで越えたと思う。ここの水は、牡丹のむらのうしろを流れて、山の根に添って荒れた麦畑の前を行き、一方は、つのぐむあし、茅の芽の漂う水田であった。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひな——女夫雛めおとびなは言うもさらなり。桜雛さくらびな柳雛やなぎびな花菜はななの雛、桃の花雛はなびな、白とと、ゆかりの色の菫雛すみれびなひなには、つくし、鼓草たんぽぽの雛。相合傘あいあいがさ春雨雛はるさめびな小波ささなみ軽くそで浅妻船あさづまぶね調しらべの雛。五人囃子ごにんばやし官女かんじょたち。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
姉が二本、妹が一本、鼓草たんぽぽの花を、すいと出した。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「まあ、おんなじような、いつかの鼓草たんぽぽのと……」
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鼓草たんぽぽの花に浮べるさま、虚空にかかったよそおいである。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)