いえども)” の例文
しかりといえども、本校の恩人大隈公は余を許してその末に加わらしめ、校長・議員・幹事・講師諸君もまたはなはだ余を擯斥ひんせきせざるものの如し。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
しかれども年長ずるにしたがひ他に男子無きの故を以て妻帯を強ひらるゝ事一次ならず、学業未到の故を以て固辞すといえどもかん葛藤を避くるにいとまあらず。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
法律ほうりつてらしても明白あきらかだ、何人なにびといえども裁判さいばんもなくして無暗むやみひと自由じゆううばうことが出来できるものか! 不埒ふらちだ! 圧制あっせいだ!
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
わたくしは炎暑の時節いかにかっする時といえども、氷を入れた淡水の外冷いものは一切口にしない。冷水も成るべく之を避け夏も冬と変りなく熱い茶か珈琲コーヒーを飲む。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その中に七十余の老農ありて言ふには、昔この村に産婦あり。にわかに狂気して駆け出でけるが、鷲峰山しうぶせんに入りたり。親族尋ね求むといえどもついふこと無しと言ひ伝へたり。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
自然派の作物は狭い文壇のなかにさへ通用すれば差支ないと云ふ自殺的態度を取らぬ限りは、彼等といえども亦自然派のみに専領されてゐない広い世界を知らなければならない。
文芸とヒロイツク (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
近代の象徴詩などというといえども、かくの如くに自然に行かぬものが多い。「細砂まなごにも」をば、細砂まなごにも自分の命を托して果敢無はかなくも生きていると解するともっと近代的になる。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
家内の事は少なりといえども、亦久慣の勢力重大なるため、改革の困難は国家とことならずと存候。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
今は子供だましの人形などをこしらえて喜んでいられる時代ではあるまい、女性といえどももっと実生活につながりのある仕事をしなければはずかしい時ではないか、と云うのであったが、幸子は
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
氏といえども欠点はある。偽悪家を以て任ずることなど、その一つに数えてよかろう。
小酒井不木氏スケッチ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
迂老は幼にして貧、長じて医を学び、紀伊国きいのくに濱口梧陵翁はまぐちごりょうおうの愛護を受け、幸に一家を興すことを得たりといえども、僅に一家を維持し得たるのみにして、世の救済については一毫いちごうも貢献する所なし。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
一字一句といえども、大切にせなければならぬとように信じたのである。
余が翻訳の標準 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
賽児の乱をなせるはみん永楽えいらく十八年二月にして、えん王の簒奪さんだつ建文けんぶん遜位そんいと相関するあるにあらず、建文なお死せずといえども、簒奪の事成って既に十八春秋をたり。賽児何ぞ実に建文のために兵を挙げんや。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いわんや生ける人間に於てをや。肺結核癩病の類は血統を正せば僅に捜るの便ありといえども梅毒の有無に至っては鼻あるもあてにはならず。痳病の如何に及びてはこれを知る事更に難からん
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
蕃山ほどの大事業ある人にして此言始めて可味あじわうべくなるべしといえども、即これ先日申上候道の論を一言にて申候者と存候。朝より暮まで為す事一々大事業と心得るは、即一廉ひとかどの人物といふものと存候。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
山中に入りたる時しきりに睡眠を催し、異人を夢みることあれば必ずはらむ。産は常の如くにしてたゞ終りてのち神気快からずといえども死ぬやうなことは決して無い。生れた児は必ず歯を生じ且つく走る。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
肉身此処ニ埋ムトいえども
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
隣家の小楼はよく残暑の斜陽を遮るといえども晩霞ばんか暮靄ぼあいの美は猶此を樹頭に眺むべし。門外富家の喬木連って雲の如きあり。日午よく涼風を送り来ってしかも夜は月を隠さず。偏奇館まことに午睡を貪るによし。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)