隠棲いんせい)” の例文
もういうまでもなく、彼が訪ねようと慕って来た人とは、その後、この地に隠棲いんせいしたと聞いている兵学の師、毛利時親なのである。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はこの家の周囲から閑居とか隠棲いんせいとかいふ心持に相応した或る情趣を、幾つか拾ひ出し得てから、妻にむかつてかう言つた。
長い隠棲いんせいの後一八〇八年、七十七歳のハイドンは、自作「創造」の演奏に臨んだ。老大作曲家の最後の思い出だったのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
この作を見るに、竹渓は文化の末年その齢五十を越えた時には既に致仕して上野に近い某処に隠棲いんせいしていたように思われる。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
西洋人がいくらもがいて見ても、結局はカトリツクの信仰に舞ひ戻るやうに、おれなぞはだんだん年をとると、隠棲いんせいか何かがしたくなるかも知れない。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
これは徳島に隠棲いんせいしているその時の産婆の平井お梅というのを探しだして聞きだしたのだ。書いて貰ってきたものもあるから、後でゆっくり見るがいい。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
為世は自足して元徳四年出家し、八十の高齢で華々しい栄華を一とまず閉ざした。その後、高野山こうやさん蓮花谷れんげだに隠棲いんせいしたが、元弘げんこう建武けんむの間また京都に帰ってもいる。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
七月を迎えるころには、寛斎は中津川の家を養子に譲り、住み慣れた美濃の盆地も見捨て、かねて老後の隠棲いんせいの地と定めて置いた信州伊那の谷の方へ移って行った。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
大津尾花川の琵琶湖びわこに面した土地に屋敷を建て、多くの田地山林を買って隠棲いんせいしたが、いくばくもなく世を去ったので、その遺産はすべて太宰の継ぐところとなった。
日本婦道記:尾花川 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
老年に及んでから京都を恋しがるようになり、ついに小石川の本邸を捨てて嵯峨さが隠棲いんせいしてしまったのであるが、それを思うと、自分も何か宿命的なものを感じること
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
椿岳の浅草人形というは向島むこうじま隠棲いんせいしてから後、第二博覧会の時、工芸館へ出品した伏見焼のような姉様あねさまや七福神の泥人形であって、一個二十五銭の札を附けた数十個が一つ残らず売れてしまった。
真田は死を逃れて志度山しどさんふもと隠棲いんせいしておったのであります。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
われわれの隠棲いんせいの目的が達せられるというものです。
九 隠棲いんせい
菩提山を望めば、菩提山ノ城もおもい出され、そこのあるじにして栗原山に隠棲いんせいした若き竹中半兵衛のすがたも彼のまぶたにうかんでくる。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一たび幕府の倉吏となったが、天保の初梁川星巌やながわせいがんが詩社を開くに及びこれに参し、職を辞して後放蕩ほうとうのため家産を失い、上総かずさ東金とうがねの漁村に隠棲いんせいした。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すくなくとも、さういふ傾向の人はさらにそれを強めるであらう。つまり、乱世に出合つた支那の詩人などの隠棲いんせいの風流を楽しんだと似たことが起りさうに思ふのである。
山城守直家やましろのかみなおいえはそんな人間ではない、わしは慥かに名利を捨てて来たし、現にこのとおり山中に隠棲いんせいし、その方などと閑談を楽しんでおる、誰が見ても無慾恬淡むよくてんたんな老農夫ではないか
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その考えに半蔵はやや心を安んじて、翌日はとりあえず、京都以来の平田鉄胤かねたね老先生をその隠棲いんせいたずねた。彼が延胤のぶたね若先生のくやみを言い入れると、師もひどく力を落としていた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
だから山寺にこもっても世捨人の心を清くするための隠棲いんせいであって、決して宗教の社会に翼をひろげようとして大僧正をねらうというような、野望に燃える学侶がくりょたちとはちがうのだから
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
今では祖先の地である京都の別邸に隠棲いんせいして閑日月を送っている。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
孫策は、よろこんで、やがてその地方に至ると、自身、張昭の住んでいる田舎を訪れ、その隠棲いんせいの閑居をたずねた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
裏のがけに清水のくところがあって、一日じゅうかけひから余るほど水が出ていた。まわりはいちめんの叢林だから、き物にも困らない。隠棲いんせい閑居にはもってこいの場所であった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この二家と並んで天保の頃江戸詩人中の耆宿きしゅくを以て推されていたものは、目白台めじろだい隠棲いんせいした館柳湾、その弟巻菱湖まきりょうこ、下谷練塀小路の旗本岡本花亭おかもとかていの諸家である。花亭もまた竹渓と相識っていた。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さらにはまた、世の中をこんなかたちにまで荒した張本人は尊氏ではないかと、彼の虫のいい隠棲いんせいのねがいなどは、山林の松柏しょうはくもゆるさじと吠えこばむもののように見えた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先代の伊賀守が隠棲いんせいするつもりで建てたのを、気にいりの庖丁人に与えたのだという。
いさましい話 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
わんといいといい卓といい、元より形ばかりの清貧だが、とにかく一高士の隠棲いんせいともいえる清潔さを保って、わけて文房具などはちまちまと持主の賞愛をあらわして飾りならべてあった。
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼がまだ洲股すのまたの城にいて、ようやく一個の城砦じょうさいと狭い領土とをはじめて持ったとき、早くもこの若き偉材いざいを味方に迎えんとして、半兵衛重治の隠棲いんせいしていた栗原山の草庵へ、何十度となく
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
月輪兼実かねざね隠棲いんせいしたこのしおに、旧勢力を一掃して
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いまから隠棲いんせい生活を気どるなんて」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)