釘付くぎづ)” の例文
壁に釘付くぎづけにされた大きな十字架像が、食堂の装飾を補っていた。食堂のただ一つのとびらは前に述べたと思うが、庭の方に開いていた。
それ以来硝子戸を固く釘付くぎづけにでもしたと思われて、夜の闇にまぎれて幾ら押してみても引いてみても開かなくなってしまった。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
暗い竹叢たけむらに覆われた山家の柴垣しばがきに沿うている暗がりである。光秀の影は、十間ほど後に、釘付くぎづけになったように立ちすくんでいた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「この白ばっくれた人々の眼を、床の動物の方に引きつけ、そこから他所見よそみが出来ないように、否応なく釘付くぎづけにしてやらねばならない。」
ウォーソン夫人の黒猫 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
どこかの普通の棺のなかに入れて釘付くぎづけにし——深く、深く、永久に、どこか普通の名もない墓のなかへ投げこんだのだ。
知識階級を釘付くぎづけにした道徳と理智との抗争問題の起点となるべき、自意識の整理に向わなければ、恐らく何事も今はなし得られるものでもない。
純粋小説論 (新字新仮名) / 横光利一(著)
塗笠を冠ったもう一人の馬上の武士も、行列の者たちも虚を衝かれたようすで、その場に釘付くぎづけになったようにみえた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
始終さうだつたのです。しかし私はもうソーンフィールド莊をたゝんでしまふ積りです。玄關の戸を釘付くぎづけにして下の窓は板でかこつてしまひます。
縁側ヴェランダの欄干に、釘付くぎづけにされながら、二人の後姿が全く見えなくなった若いかえでの林を、じっと見詰めている時に、その林の向うにある泉水のほとりから
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
この娘の命を狙う者は誰? 平次の眼は、若い二人の男、鳩谷小八郎と一色友衛に釘付くぎづけになりました。
あでやかな姿形、豊かな声量、巧みな歌いっ振りに、いつか、清盛の目は仏に釘付くぎづけになっている。
エジプト人は罪人の首を斬って胴だけを十字架に釘付くぎづけにして夜中曝し物にしたそうで御座います。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平素から表情の顕著な人ではないが、今朝は全く感覚を失ったような茫然ぼうぜんたる顔つきになって、異様に大きく見開かれたひとみが、じっと空間の一点に釘付くぎづけになっていた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
竜之助は釘付くぎづけられたように立ちつくして、そうして道場の武者窓のあたりへと近寄りました。
小十郎はまるでその二疋の熊のからだから後光が射すように思えてまるで釘付くぎづけになったように立ちどまってそっちを見つめていた。すると小熊が甘えるように言ったのだ。
なめとこ山の熊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
文三また慄然ぶるぶると震えてまた蒼ざめて、口惜くちおしそうに奥の間の方を睨詰にらみつめたまま、暫らくの間釘付くぎづけにッたように立在たたずんでいたが、やがてまた気を取直おして悄々すごすごと出て参ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そしてその迎えでも来て、ここに混血児あいのこの娘たちがいて、それが今まで私の足を釘付くぎづけにしていたのだということなぞがわかったら、家中でどんな騒ぎを起さぬとも限りません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
ヘレン・ケラーは生後十八ヶ月目に重いやまいのために彼女の魂と外界との交通に最も大切な二つの窓を釘付くぎづけされてしまったにかかわらず、自由に自国語を話し、その上独、仏、羅
鸚鵡のイズム (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
頼母は、縁側の板に釘付くぎづけになったように暫らく動かなかった。動けなかった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
もう、なんにも、あなたに言いたくなくなって、ぼんやり、一等船室の大広間に足をみ入れると、悚然しょうぜん、頭から水を掛けられたようなショックを受け、絨毯じゅうたんのうえに身が釘付くぎづけになりました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
アンジョーラは八発の弾に貫かれ、あたかも弾で釘付くぎづけにされたかのように壁によりかかったままだった。ただ頭をたれた。
上段の構えは、そのまま釘付くぎづけにされでもしたようだし、深喜の竹刀の尖端は、大石の喉に向って微動もしなかった。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
信一郎が、その美しき女性に、釘付くぎづけにされたように、会葬者のひとみも、一時はの女性の身辺に注がれた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかし、堀秀政ともある者が、この要地に、大兵をようしながら、甘んじて、その陣地に釘付くぎづけにされていたのは、秀吉側から見れば、甚だ遺憾なりともいえよう。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余が視線は、蒼白あおじろき女の顔の真中まんなかにぐさと釘付くぎづけにされたぎり動かない。女もしなやかなる体躯たいくせるだけ伸して、高いいわおの上に一指も動かさずに立っている。この一刹那いっせつな
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は寒い夜風の中に釘付くぎづけにされたような気持で、そこへ突っ立ったまま
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
万七は頑としてお蔦に疑いを釘付くぎづけにするのでした。
釘付くぎづけにされたやうに立ちどまった。
楢ノ木大学士の野宿 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
一種の恐ろしい魅惑にとらえられて彼は、全光景を観察し見おろし得るその場所に釘付くぎづけにされてしまった。
彼が信じかねていると、あんた嘘だと思うのねと云って、あの微笑とあの凝視とで彼を釘付くぎづけにする。いいわよ、嘘だと思ってらっしゃい、いまにわかるから。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
細君の枕元には四寸角の一尺五六寸ばかりの釘付くぎづけにした箱が大事そうに置いてある。これは肥前の国は唐津からつの住人多々良三平君たたらさんぺいくんが先日帰省した時御土産おみやげに持って来た山のいもである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
羽柴軍は毛利に釘付くぎづけにされておるため、そうやすやすとは中国をうごき得ない。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は、息子を押し退けながら、その背後うしろドアを、右の手で開けようとした。が、それは釘付くぎづけにでもされたように、ピタリとして、少しも動かなかった。彼は声を出して、叫ぼうとした。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
釘付くぎづけにされたように立ちどまった。
楢ノ木大学士の野宿 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
マリユスは女房の重々しい手が暗がりに扉のかぎを探ってる音を聞いた。扉は開いた。彼はその場所に、恐れと驚きとのために釘付くぎづけにされたように立ちすくんだ。
まえに来た三人とはべつの男たちで、隣りの住人にもなに一つ云わず、勝手に家の中へはいり、なにかごとごとやったのち、雨戸を釘付くぎづけにし、口笛を吹きながら去っていった。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こんな大兵を釘付くぎづけにされている状態を一日もゆるしておくことではあるまい。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余の首が肩の上に釘付くぎづけにされているにしてもこれでは永く持たない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
読者が記憶するとおり野戦病院となってる料理場のとびらを、アンジョーラは釘付くぎづけにさした。
寒藤先生は島さんを、政界の問題へひきずり込み、そこへ釘付くぎづけにしようとした。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
釘付くぎづ
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
城兵は存分にひきつけて必中の矢弾丸やだまをあびせ、また不意に斬って出ては縦横に暴れまわった、その戦いぶりの精悍せいかんさと領民の協力がひとつになって、三万の大軍を釘付くぎづけにしてしまったのである。
荒法師 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)