過去すぎさ)” の例文
やまおきならんでうかこれも無用なる御台場おだいば相俟あひまつて、いかにも過去すぎさつた時代の遺物らしく放棄された悲しいおもむきを示してゐる。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
其手袋を鼻の先へ押当てゝ、ぷんとした湿気しけくさい臭気にほひを嗅いで見ると、急に過去すぎさつた天長節のことが丑松の胸の中に浮んで来る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
待兼まちかねて問合わせの手紙まで出したのだが、それにも何の返事もなく、約束の日曜日は、いつの間にか過去すぎさってしまった。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ふと着古し膝の丸く出た服のズボンを見下したが、過去すぎさった記憶からのがれるように、足早にそこを立去った。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
悟空ごくうの今一つの特色は、けっして過去を語らぬことである。というより、彼は、過去すぎさったことは一切忘れてしまうらしい。少なくとも個々の出来事は忘れてしまうのだ。
私だって、実際生存ながらえていようとは考えないが、随分その当時、表向きに騒いで、捜索さがしもしたもんだけれども、それらしい死骸も見附からないで、今まで過去すぎさったんだ。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
七年あとに出た旦那がけえらねえのは不思議な訳だが、其処そこへ泊って買出しをすると云った、春見屋という宿屋が怪しいと思いますが、過去すぎさった事だから仕方がない、早くわっちが知ったらば
それから父は、過去すぎさった日の栄光はえを、真黒に汚れた爪でむしって行きました。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
誰が殺したにしたところで、それはもう過去すぎさったことで、幾ら詮議せんぎしたとて彼女は生還いきかえっては来ないではありませんか。蕗子が生存しない以上私がこの世に残って何をしようと同じことです。
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
ところが、それから半月ばかりは何事もなく過去すぎさって了いました。心配していた明智もその後一度もやって来ないのです。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
泉原は人気のない共同椅子ベンチ疲労つかれた体躯からだを休めて、呆然ぼんやり過去すぎさった日の出来事を思浮べた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
何もかも——さびを帯びた金色こんじきの仏壇、生気の無いはす造花つくりばな、人の空想を誘ふやうな天界てんがい女人によにんの壁にかれた形像かたち、すべてそれらのものは過去すぎさつた時代の光華ひかり衰頽おとろへとを語るのであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
画工 (くだをまく口吻くちぶり)何、面白かつた。面白かつたは不可いかんな。今の若さに。……小児こどもをつかまへて、今の若さも変だ。(笑ふ)はゝゝは、面白かつたは心細い。過去すぎさつた事のやうでなさけない。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
傳「旦那おかしい事があればあるものさ、此の人はね越中の高岡で宗慈寺という寺に居りました寺男でね、賭博ばくちをしておかしい事がありやした……今では過去すぎさった事だが、あれは何うなったえ」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その内に、短い二年が過去すぎさって、小山田さんが帰って来た。もうあなたは元の様に一人二役を勤めることは出来ない。そこで大江春泥の行方不明ということになったのです。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
過去すぎさつた事は最早もう仕方が無いとして、これから将来さきを用心しよう。蓮太郎の名——人物——著述——一切、の先輩に関したことは決してひとの前で口に出すまい。斯う用心するやうに成つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
幸「エヽまだ其様そんなことを云ってるか、過去すぎさった昔の事は仕方がねえ」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それからもう五時間余り、何事もなく過去すぎさった。今は深夜の一時である。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
女「いえ最う過去すぎさりました事で、今はもう諦めて仕舞いました、ト申すと何か不実なようでございますが、去る者日々に疎しとやらで、漸々よう/\忘れてしまいましたが、深川の方に少々身寄が有りますので」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そうして有耶無耶うやむやの内に五日間が過去すぎさったのである。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それから一月ばかり、別段のお話もなく過去すぎさった。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それから数ヶ月の間は何事もなく過去すぎさった。
幽霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二ヶ月余り、何のお話もなく過去すぎさった。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)