言問こととい)” の例文
言問ことといまで行くつもりであったが隅田川の水の臭気にあきたので吾妻橋あづまばしから上がって地下鉄で銀座まで出てニューグランドでお茶をのんだ。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「バカにおしなさんな、こんなものぐれえわからなくてどうするんですかい。まさにまさしく、こりゃ墨田の言問ことといですよ」
右門捕物帖:30 闇男 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
一銭蒸汽と云った時代からの隅田川すみだがわの名物で、私はよく、用もないのに、あの発動機船に乗って、言問ことといだとか白鬚しらひげだとかへ往復して見ることがある。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その間を縫うように、言問ことといの近くまで——実はとんだもうけもののつもりで、花を眺めながら行くと、いきなり突き当って喧嘩けんかを吹っ掛けたものがあります
私たちは川風に吹かれながら橋の欄干らんかんにもたれて、かねふちの方からきた蒸気船が小松島の発着所に着いてまた言問ことといの方へ向かって動き出すまで見ていた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
向島の言問ことといの手前を堤下どてしたりて、うし御前ごぜんの鳥居前を小半丁こはんちょうも行くと左手に少し引込んで黄蘗おうばくの禅寺がある。
水上バスへ御乗りのお客さまはお急ぎ下さいませ。水上バスは言問ことといから柳橋やなぎばし両国橋りょうごくばし浜町河岸はまちょうがしを一周して時間は一時間、料金は御一人五十円で御在ます。
吾妻橋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わたしは幼年のころ、橋場、今戸、小松島、言問ことといなど、隅田川すみだがわの両岸に数寄すきをこらした富豪の別荘が水にのぞんで建っていたことをはからずもおもいうかべた。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
言問こととい桟橋さんばしには、和船やボートが沢山ついているらしい。それがここから見ると、丁度大学の艇庫ていこに日を遮られて、ただごみごみした黒い一色になって動いている。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その後側の裏門を出ると、桜餅で有名な長命寺ちょうめいじの門前で、狭い斜めの道を土手に上ると言問ことといです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
在原の業平なりひらが東へ下ってきた時に、隅田川の言問ことといの渡船場あたりで、嘴と脚の紅い水鳥を見て、いかにもみやびているところから『みやこ鳥』と呼んだという伝説があるが
みやこ鳥 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
合宿所は言問ことといの近くの鳥金とりきんという料理屋の裏手にあった。道を隔てて前と横とが芸者屋であった。隣りには高いへいを隔てて瀟洒しょうしゃたる二階屋の中に、おめかけらしい女が住んでいた。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
「只今警視庁から急報がありましてな。中橋英太郎が腐爛した死体となって隅田川の言問ことといのあたりへあがりましたぞ。水死ではなくて、クビをしめられて死んでおったそうです」
待乳山まっちやまを背にして今戸橋いまどばしのたもと、竹屋の渡しを、山谷堀さんやぼりをへだてたとなりにして、墨堤ぼくてい言問ことといを、三囲みめぐり神社の鳥居の頭を、向岸に見わたす広い一構ひとかまえが、評判の旗亭きてい有明楼であった。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
広小路通りと言問こととい通りの間の、普通浅草と呼ばれる一区画の中にある食い物屋は、これはいわば外から浅草へ遊びにくる人たちのための食い物屋で、浅草のなかで働いている人たちのための
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
小倉と三浦とはかまわずさきへ言問ことといのほうへあるいた。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
言問ことといのほとりにも中の植半とて名高き酒楼ありしが大正のはじめには待合風の料理屋となり女夫風呂めおとぶろとか名付けし鏡張りの浴室評判なりしが入浴中に情死を
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
向島むこうじまも明治九年頃は、寂しいもので、木母寺もくぼじから水戸邸まで、土手が長く続いていましても、花の頃に掛茶屋かけぢゃやの数の多く出来てにぎわうのは、言問ことといから竹屋たけやわたしの辺に過ぎませんでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
言問ことといから渡しに乗って向島へ渡り、ドテをぶらぶら歩いていると、杭にひっかかっている物がある。一応通りすぎたが、なんとなく気にかかって、半町ほど歩いてから戻ってきてそれを拾い上げた。
時々夜になって驟雨ゆうだちれたあと、澄みわたった空には明月が出て、道も明く、むかしの景色も思出されるので、知らず知らず言問ことといの岡あたりまで歩いてしまうことが多かったが
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
井上唖々いのうえああさんという竹馬ちくばの友と二人、梅にはまだすこし早いが、と言いながら向島を歩み、百花園ひゃっかえんに一休みした後、言問ことといまで戻って来ると、川づら一帯早くも立ちまよう夕靄ゆうもやの中から
雪の日 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
江戸時代にあっては堤上の桜花はそれほど綿密に連続してはいなかったのである。堤上桜花の沿革については今なお言問ことといの岡に建っている植桜之碑を見ればこれをつまびらかにすることができる。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)