蛍火ほたるび)” の例文
旧字:螢火
円塔の頂上の部屋の窓に、ボーッと蛍火ほたるびのような光が射している。室内の電燈がついたのではない。何かもっと小さな白っぽい光だ。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
不思議に、蛍火ほたるびの消えないやうに、小さなかんざしのほのめくのを、雨と風と、人と水のと、入乱いりみだれた、真暗まっくら土間どまかすかに認めたのである。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
蛍火ほたるびか。……象の脚元で火口ほぐちの火のような光がチラと見えたと思うと、どうしたのか、象が脚元からドッとばかりに燃え上った。
生駒山の遠くから、高安、平野、秋篠あきしのノ丘、浜へかけては堺の方まで、無数の赤い蛍火ほたるびといっていい遠篝とおかがりが見えたのだった。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八十を越しても硫黄の熱はもえていた。小さい机にしがみついたまま、贅沢ぜいたくは身の毒になると、蛍火ほたるびの火鉢に手をかざし、毛布ケットを着て座っていた。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
秀才がそれを見て冗談を云うと、蛍火ほたるびが消えて美しいむすめが出て来たので、それを愛好したと云う話であった。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
……黒白あやめもわかぬ暗黒の夜に、蛍火ほたるびのような信号灯一つをたよりに、列車でもなんでも、ふだんと変わらぬ速さと変わらぬ時間で運転するなんて、神さまでも
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
器械の機構を何も知らないものの眼で見ていると、その豆電燈の明滅が何を意味するのか全く見当がつかない。ただ全く偶然な蛍火ほたるびの明滅としか思われないであろう。
雑記帳より(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
例えば蛍火ほたるびのごとき、人の怪しまざるのみならず、かえってこれを愛し、これを楽しむ。また、朽ちたる木より光を放つことありても、別段不思議に思うものはない。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
が、そのときもうはや、僕の知力のいちばん奥深いところでは、昨夜の冒険であんなに見事に証明されたあの事実の概念が、蛍火ほたるびのように、かすかに、ひらめいたようだった。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
楓の木のまた蹲居そんきょして、桂子の様子を見守り出すと、猿猴の群れも啼き声をとどめ、木々の枝葉の間から、蛍火ほたるびのような眼の光を、無数に点々と闇にともし、彼らの王を見守り出した。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「それ、蛍火ほたるびほどのもねえじゃねえか。んで煙草たばこをつけるんだ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
蛍火ほたるびまりの如しやはね上り
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
遠ざかって行く自動車のうしろに、陰火いんかのような二つの蛍火ほたるびが見えていた。[注、当時の自動車は箱型で、後部にすがりつくことができた]
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
残月の庭は、たちまち、入りみだれるつるぎと、人影と、そして時々、それをかすめる蛍火ほたるびのような火の粉と、黒煙が流れた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はまた二三日前に人から聞いた鬼火ひとだまのことを思いだした。青い蛍火ほたるびかたまったような火の団りが電柱にぶっつかって、粉粉こなごなになったさまが眼の前に浮んで来た。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかも九時半の処を指して、時計は死んでいるのであるが、鮮明あざやかにその数字さえかぞえられたのは、一点、蛍火ほたるびの薄く、そしてまたたきをせぬのがあって、胸のあたりから、ななめに影を宿したためで。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なにげなくその方を見ると、なるほど、シュロの葉の隙間すきまに、蛍火ほたるびのように異様に光る眼が、ねこねずみねらう感じで、射るように弘子に注がれている。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ふもとでもらった、蛍火ほたるびほどの火縄ひなわをゆいつのたよりにふって、うわばみの歯のような、岩壁をつたい、百足腹むかでばら、鬼すべりなどという嶮路けんろをよじ登ってくる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのあたりにとびとびにえたベンチには、腰をかけている人の細ぼそと話す声もしていた。中には蛍火ほたるびのような煙草の火で鼻のさきを赤く見せている者もあった。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
植込みのもっとも暗い蔭、そこの地上三尺ほどのやみに、ああ、忘れもしない、あの青く燃える二つの蛍火ほたるびが、じっとこちらを見つめていたではないか。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
青い蛍火ほたるびかたまったような一団の鬼火ひとだまがどこからとなく飛んで来て、それが非常な勢いで電柱に突きあたった。あたったかと思うと、それが微塵みじんに砕けてばらばらと下におちた……。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)