ほしいまま)” の例文
旧字:
家は数十丈の絶壁にいと危くもかけづくりに装置しつらいて、旅客が欄にり深きに臨みて賞覧をほしいままにせんを待つものの如し。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
もちろんこれら一派の紳士しんしは腕力をほしいままにしたのでなく、基督キリストの仁と称するは決して悪き意味における婦女子の愛のごとき猫可愛がりでないと説いた。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
当時島原一円の領主であった松倉重次しげつぐは惰弱の暗君で、いたずらに重税をほしいままにした。宗教上の圧迫も残虐で宗徒を温泉うんぜん(雲仙嶽)の火口へ投げ込んだりした。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
水らしい水とも思わぬこの細流せせらぎ威力ちからを見よと、流れ廻り、めぐって、黒白あやめわかぬ真の闇夜やみよほしいまま蹂躪ふみにじる。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
流れにおおい冠さっている秋草の色がうるわしい。ここでほしいまま画を描きはじめて四、五時間を送った。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
当時文風はなはだ盛ニシテ、名士くびすヲ接シテ壇坫だんてんヅ。旗幟きし林立スルコト雲ノ如シ。頼三樹兄弟、池内陶所いけうちとうしょ、藤本鉄石ノ諸人皆ともニ交ヲ訂ス。詩酒徴逐スルゴトニほしいままニ古今ヲ談ズ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は非凡であったがために過ちを犯し、非凡であったがために自他共にその過ちに気付くのに暇がかかった。さて次に私が打下す第二石はもはやほしいままに現われる白色の二番星ではない。
独り碁 (新字新仮名) / 中勘助(著)
現実は往々にして如何いかなる空想よりも奇怪なるがめであろうか。それとも又、この書翰集は無名の小説家が現実の事件に基いて、彼の空想をほしいままにした、まわりくどい欺瞞ぎまんなのであろうか。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
街路とおりの左右に櫟林くぬぎばやしを見るようになった。政雄はもう人家が無くなるだろうと思っていると、街路とおりの右側に石の新らしい鳥居とりいに電燈を一つとりつけてあるのが見えた。政雄のほしいままな心が高ぶっていた。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
花も咲かず、冷たい風がひとり、ほしいままに吹き渡つてゐるのだ。
伊良湖の旅 (新字旧仮名) / 吉江喬松(著)
瓠壺之腹縦摸筆(瓠壺ここの腹にほしいままに筆をさぐり)
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
丹羽、内藤、岡ノ三士及ビ僧円桓えんかんモマタついデ至ル。談ヲほしいままニシテさかずきバス。時ニ泥江豊原生トはかリ余ノタメニ舟ヲ堀川ニス。毅堂曰ク藩禁アリ舟ヲ同ジクスルヲ得ズ。君カツ留レト。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
月に三度あるいは二度、十四から通うて二十はたちの今まで、いわゆる玉の輿こしがこの門に在ることは、あえて珍しくはないのであったが、かくまで道を塞いで、ほしいままに横附けになっていたのは、はじめて。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)