紙燭しそく)” の例文
ここだろうと、いい加減に見当をつけて、ごめんご免と二返ばかり云うと、おくから五十ぐらいな年寄としよりが古風な紙燭しそくをつけて、出て来た。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わらわの小雪というのが眼をさましてかわやへ立った。彼女は紙燭しそくをともして長い廊下を伝ってゆくと、紙燭の火は風もないのにふっと消えた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「なにが起りましたか」玉日が、持仏堂を立って行った縁には、性善坊が、紙燭しそくを持って、かがまっているのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左は竹藪たけやぶで右へ曲がると物置がある、……その裏手にぼうっ、と紙燭しそくの光がさしていて、一人の男が、今しも木剣を大上段に構えているところだった。
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なおしばらく弁信の為さんように任せて待っていると、やがて、中から戸を押す物音があって、紙燭しそくを手にかざして
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それは紙燭しそくのようなものを手にした島田髷しまだまげわかい女であった。傍にはの年増が小さくなって俯向うつむいていた。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この句には「夜更ふけて帰る時に蝋燭なし、亭坊の細工にて火とぼす物でかしてわたされたり、むかし龍潭りゅうたん紙燭しそくはさとらんとおもふも骨をりならんとたはぶれて」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
それから紙燭しそくけて出て来て、お武家さま斯様な人も通らん山中やまなかへ何うしてお出でなさいました、拙者は武術修業の身の上ゆえ、あえて淋しい処を恐れはせぬが如何にも追々は更けるし
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
紙燭しそく煌々こうこうと部屋を照らし、真昼のように明るかった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
紙燭しそくして廊下過ぐるや五月雨 蕪村
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
紙燭しそくして廊下通るや五月雨さつきあめ
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「牛をつけるには及ばぬ」善信は、持仏堂の御燈明みあかしから紙燭しそくへ灯をうつして再び出てきた。そして、その灯を、絢爛けんらん糸毛輦いとげのくるまのすだれのすそへ置いた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、内から雨戸がいて女房がしら周防すおうと云うのに紙燭しそくらして政子の顔があらわれた。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「おおおおおおお」と遥かのむこうで答えたものがある。人の家をうて、こんな返事を聞かされた事は決してない。やがて足音が廊下へ響くと、紙燭しそくの影が、衝立ついたての向側にさした。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紙燭しそく短檠たんけいのにぶい光がゆらめいているのが見え、室によっては、ふすまなども取りはずされ、何事か、この一軒の中に、大きな変事が起りつつあることを
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
赤い帯を色気いろけなく結んで、古風な紙燭しそくをつけて、廊下のような、梯子段はしごだんのような所をぐるぐる廻わらされた時、同じ帯の同じ紙燭で、同じ廊下とも階段ともつかぬ所を、何度もりて
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「心配すな、それよりはやすめ。——わしのへやへきて」静かに立った時、堂衆の紙燭しそくが、奥のほうでうごいていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると、やや離れているくりやの板敷に、誰か、紙燭しそくを持って立った。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)