産褥さんじょく)” の例文
どうしても妾は、静枝の云うように、彼女と産褥さんじょくにある母とを加えて、父が三人の双生児と洒落しゃれらしいことを云ったなどとは考えない。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
大きい子供たちはそわそわと目を見合って、ひそかに産褥さんじょくの母親を取囲んでいたが、娘たちの力みように反して赤ん坊はあっけなく生れた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
自分が産褥さんじょくくまでには、まだしばらく間があるから、せめてもう一度ぐらいは便りをしたいと思うが、それも覚束おぼつかないと書いてよこした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
痙攣けいれんと努力とを交じえた社会的産褥さんじょくと革命的分娩ぶんべんとの偉大な時間を、そのありのままの正確な浮き彫りで読者に見せることができないだろう。
……ああ、家内かい? (と彼は私の挿んだ質問にこたへて)家内は京城でもらつて、京城で死なした。産褥さんじょく熱だつた。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「いいお名だこと」ふさはうれしそうに、産褥さんじょくで赤児に頬ずりをした、「——ゆかさん、可愛いきれいなゆかさん、お丈夫に育ってちょうだいね」
その木戸を通って (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
末の妹の生れる時、産褥さんじょくで母のあさましくくるしむのを見たり、その後もひよわくて年中両親に心配ばかりかけているその子の事を思うと心配だった。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
私は産褥さんじょくでこれを聞いて心から有難く思い、またそちらにおめでたがあれば嬉しく、御不幸ときいては心が痛みました。
自然は産後の疲れにやつれ果てて静かに産褥さんじょくに眠っているのだ。その淋しさと農人の豊かさとが寛大と細心の象徴のように私の眼の前にひらけて見えた。
フランセスの顔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
当時亮の家には腸チブスがはいって来て彼の兄や祖母や叔父おじが相次いで床についていたので、彼の母はその生家、すなわち私の家に来て産褥さんじょくについた。
亮の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
産褥さんじょくの苦痛に逡巡しゅんじゅんしたり、性交の快楽を減じたりする理由から妊娠をいとい、または生児の養育を他人に託するようなことを弁護する者では断じてない。
母性偏重を排す (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
しかしいよいよ分娩ぶんべんしてみると、子供の顔が博士の顔にそっくりなのです。わたしは産褥さんじょくであの子の顔を見たときはっと思った瞬間に気を失ったのでした。
或る探訪記者の話 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
当然床の中にしていなければならないうちに、ちょうどそれが田植えの時期だったので、無理に田圃へ出たのがもとで、産褥さんじょく熱がこうじ、ひどい出血の後に
緑の芽 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
藁廂わらびさしの藁の先から、氷柱つららがさがっているような一月の寒さだったし、産褥さんじょくを囲む小屏風こびょうぶ一ツない家なので、嬰児は、へその緒を切られても、泣く力すらなかった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その産褥さんじょくの隣に、十二年以前からいかなる場所へでも横になって行く、痛風の彼の老母がせっていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
彼は征服されると知りながらも、まだ産褥さんじょくを離れ得ない彼女の前に慰藉いしゃの言葉を並べなければならなかった。しかし彼の理解力は依然としてこの同情とは別物であった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
びょうたる岩島海豹島こそは彼女らの光栄ある産褥さんじょくであり、新らしき、また盛んなる蕃殖場である。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
善良ではあるがしかし気弱で頭の貧しい細君は、結婚後一日として泣かずに暮らしたことはなかったが、夫の死後四か月たって、アンナをこの世に産み落としながら産褥さんじょくで死んだ。
産褥さんじょくを早く離れた結果と、営養の不足と、精神の過労とで、今までついぞ病んだことのないお作も、はげしい頭痛と眩惑とを感じて、路を歩いてもおりおり倒れそうになることがある。
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
しかも我々はこの中宮が、十六歳にして中宮となり、二十五歳にして皇后として産褥さんじょくこうぜられたことを知っている。そうしてこの年若さにふさわしい描写もこの草子の内に欠けてはない。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そのうちに妻が妊娠して、翌年になって男の子を分娩したが、ひどい難産のうえに産褥さんじょく熱で母体が危険になった。青年は幾晩も眠らないで、愛妻を看護するかたわら嬰児あかごのために乳貰ちもらいに歩いた。
前妻の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
若杉さんの家では、産後間もない夫人がまだ産褥さんじょくを離れていない時でした。もう男の子三人のお母さんでしたが、いつもお産が長びくので、産後の衰弱は、はたの見る目も痛々しかったほどです。
若杉裁判長 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
夫人は産褥さんじょくから離れるのを待って、父の城へせつけた。
この「チビ」は最初の産褥さんじょくでもろく死んでしまった。その後仙台せんだいへ行ってK君を訪問すると、そこにいた子猫がこれと全く生き写しなのでまた驚かされた。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
母は産褥さんじょくに横たわってい、産れてから間のない赤ンぼをそばに寝かせていた。これが三男の晋だった。
分娩して五日目に、照子は産褥さんじょく熱で死んだ。少年は久しぶりで濱町の家に行つて、とろりと黄ばんだ従姉の死顔を見た。その顔は相変らず放心してゐるやうであつた。
地獄 (新字旧仮名) / 神西清(著)
だがそれは思いすごしで、彼女はそのあいだ産褥さんじょくについていたのだ、ということがわかった。再び土堤へ姿を見せたとき、彼女はおくるみで包んだ赤子を抱いていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
座敷の隣の室は細君の産褥さんじょくで、細君は手伝に来ている姉から若い女門下生の美しい容色であることを聞いて少なからず懊悩おうのうした。姉もああいう若い美しい女を弟子にしてどうする気だろうと心配した。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
鏑木清方かぶらぎきよかた画伯の夫人が産褥さんじょく熱で入院した時の話である。
天井裏の妖婆 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
だがそれは思いすごしで、彼女はそのあいだ産褥さんじょくについていたのだ、ということがわかった。再び土堤へ姿を見せたとき、彼女はおくるみで包んだ赤子を抱いていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その青蓮せいれんの、他にぬきんでて丈の高い茎のうへにきりりと咲いてゐる凄艶せいえんなすがたは、じぶんによつて二王子・二王女の母となつたあの褐媛かちひめが、四度目の産褥さんじょくからつひに起たず
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
現在の安定が、もしそういう人間の堕ち入り易い病弊びょうへい産褥さんじょくのようなものであったら、安定は、やがて次の苦悩の芽をかくしている苗床びょうしょうほかならない。——善信は、慄然りつぜんとした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この二た部屋に収容されるのが、あるひは産褥さんじょくで母親と死別したり、またはその他の事情で生まれて早々母親と生別しなければならなかつた、不幸な嬰児えいじたちに限られてゐたからです。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
産褥さんじょくの母のすがたを忘れぬのが何よりの誕生日——)
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)