浅猿あさま)” の例文
旧字:淺猿
が、その時の事を考へると、「俺は強者だ。勝つたのだ。」といふ浅猿あさましい自負心の満足が、信吾の眼に荒んだ輝きを添へる……。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しかし君、いくら窮境に陥つたからと言つて、金を目的めあてに結婚する気に成るなんて——あんまり根性が見えいて浅猿あさましいぢやないか。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
理髪所の安楽椅子見たいな手術台に仰臥させられる浅猿あさましい彼女の姿を想像すると途方もない嫉妬感さへも伴ふ苦しみだつた。
F村での春 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
私は袂からありたけの金を彼女にあたえようとしたが、そういう浅猿あさましい見えすいた寂しい心を自分で叱り飛ばした。
或る少女の死まで (新字新仮名) / 室生犀星(著)
禁断の智慧ちえ果実このみひとしく、今も神の試みで、棄てて手に取らぬ者は神のとなるし、取って繋ぐものは悪魔の眷属けんぞくとなり、畜生の浅猿あさましさとなる。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ビーヤホールの女などと、面白そうにふざけていることの出来る男の品性が、さもしく浅猿あさましいもののように思えた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ねがえりの耳に革鞄の仮枕いたずらに堅きも悲しく心細くわれながら浅猿あさましき事なり。残夢再びさむれば、もう神戸こうべが見えますると隣りの女に告ぐるボーイの声。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
或は人をねたみにくみて我身ひとりたたんと思へど、人ににくまうとまれて皆我身の仇と成ことをしらず、いとはかなく浅猿あさまし。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
烏は、既に、浅猿あさましくも、雪の上に群がって、貪慾どんよくくちばしで、そこをかきさがしつついていた。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
はかない自分、はかない制限リミテッドされた頭脳ヘッドで、よくも己惚うぬぼれて、あんな断言が出来たものだ、と斯う思うと、賤しいとも浅猿あさましいとも云いようなく腹が立つ。で、ある時小川町おがわまちを散歩したと思い給え。
予が半生の懺悔 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼はヨロヨロと背後うしろによろめいた……が……又も、ひとりでに立止った。そうして彼自身の浅猿あさましい姿を今更のように見まわしながら、何故なにゆえともわからない、長い長いふるえた溜息をしかけた。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
運命を怨んで見るも浅猿あさましさ
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
自分の職業に対しても、もうすこし考へさうなものだと思ふんだ。あまり浅猿あさましい、馬鹿馬鹿しいことで、ひとに話も出来ないやね。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
人なき裏路を自棄やけに急ぎながら、信吾は浅猿あさましき自嘲の念を制することが出来なかつた。少許すこし下向いた其顔は不愉快に堪へぬと言つた様に曇つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私達は、紋付きの夏羽織を昆布のやうに翻がへして猪の勢ひで突喚して来る山高帽子の村長の浅猿あさましい姿を見た。
鱗雲 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
かれは、かれの背後で浅猿あさましくも幾度となく挨拶をいう男の声をききながら、忌わしさのために、自分自身のしたことについて或る不愉快な憎しみを抱きながら歩いていた。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
今頃なら霜解けを踏み荒した土に紙屑や布片などが浅猿あさましく散らばりへばりついている。
イタリア人 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして朝方までいらいらしい神経の興奮しきっている男を、心から憎く浅猿あさましく思った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
さすがに心得のある奴だけ、商売人にぴたりと一ツ、拍子で声を押伏おっぷせられると、張った調子が直ぐにたるんだ。思えば余計な若気の過失あやまち、こっちは畜生の浅猿あさましさだが、対手あいては素人の悲しさだ。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
是が自分等の預つて居る生徒の父兄であるかと考へると、浅猿あさましくもあり、腹立たしくもあり、にはかに不愉快になつてすたすた歩き初めた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
渠は今、生れて初めて、何の虚飾なき人生の醜悪みにくさに面相接した。酒に荒んだ、生殖作用を失つた、四十女の浅猿あさましさ!
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼は、環境に応じてどんなに浅猿あさましくも歪むであらう自分の性情の悲惨なフレキシビリチが怖ろしかつたが、あたつて砕ける程の環境などがある筈はなかつた。
鶴がゐた家 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
その思ひから解放されるだけでも助かると思つたが、チップの分配など見ると、それも何だか浅猿あさましくて、貞操の取引きが、露骨な直接ぢか交渉で行はれるのも、感じがよくなかつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
それと同じ様に、自分の周囲の総ての関係が、亦時として何の脈絡も無い、唯浅猿あさましく厭はしい姿に見える。
氷屋の旗 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
……だが、今度こそは照子の奴が見てゐれば、などゝいふ気がして、同時に己れの浅猿あさましさを喞ちました。
晩春の健康 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
それから墓畔ぼはんのさまよいを楽むように成ったことや、ある時はこの世をあまり浅猿あさましく思って、死ということまで考えたが、母と妹のある為に思い直したこと
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
強烈はげしい肉の快楽たのしみを貪つた後の浅猿あさましい疲労つかれが、今日一日の苛立つた彼の心を愈更いやさらに苛立たせた。『浅猿しい、浅猿しい!』と、彼は幾度か口に出して自分を罵つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼は、さう云つたものゝ、浅猿あさましい自分の思索を観て、醜さに堪へられなかつた。
父を売る子 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
青ざめた学生の面を見ると浅猿あさましくて仕様がないだア。
明るく・暗く (新字旧仮名) / 牧野信一(著)