ぶな)” の例文
松林が尽き、雑木林が次第になくなって、ぶな類の旧い苔蒸した林となる。雨雲が覆い被さって来て、三合目あたりから遂に雨となった。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
隠れた場所は河見家の背後にある山で、そこから段登りにうしろへ高くなってい、杉やひのきや、さらに高くはかばぶななどの密林が茂っていた。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
人の足音も声も聞こえなかった。秋に熟したぶなの金銅色の葉の上に、雨のしずくが音をたてていた。石の間には、小さな流れの水が鳴っていた。
かしぶなの森林におおわれた丘陵がその間を点綴てんてつしていて、清い冷たい流れの激しい小川がその丘陵の間を幾筋も流れていた。
ゼラール中尉 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私はこんや中にはどうしても「猶太ユダヤびとのぶな」をえてしまうつもりだった。妻を先きに寝かせて、夜遅くまで一人でそれを読んでいた。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
傍らのぶなの木の茂みから、かしましい喋舌しゃべり声が聞こえて来た。やがて姿を現わしたのを見れば、十数匹の甲州猿であった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
殿下に手を執られて、いしだたみを踏んでしっとりと露を帯びた、芝生へ降り立った。ぶなの大木が鬱蒼こんもりと枝葉を繁らせて、葉陰に二、三脚のベンチが置かれてある。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ちょうどそこには、チチルス(訳者注 橅の木の下に横たわってる瞑想的な羊飼い——ヴィルギリウスの詩)とブーラトリュエルとにふさわしいぶなの大木が一本あった。
もみぶなとの悲壮な闘争の近くに潜伏することになった、あの土地で——一九〇三年七月七日に執筆を始めて、マジュール湖岸のバヴェノで、一九一二年六月二日に完結した(三)
つくば嶺にこりたくぶなのもゆるなす思ひかねつゝ足はなやみぬ
長塚節歌集:1 上 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
みやまの溪のしげき森、ぶなと白楊、滑かの 765
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
ぶなの大樹と石の卓とばかり。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ぶなにれの木にも別れをつげ
定本青猫:01 定本青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
殺害者のぶなは、美しい薔薇ばら色の身体をしたもみに飛びかかり、古代円柱のようにすらりとしたその胴体にからみついて、それを窒息さしていた。
昼飯の後、私は自分の部屋にこもったり、ヴェランダの籐椅子とういすに足を伸ばしたりしながら、大へんお行儀悪く「猶太ユダヤびとのぶな」を読みつづける。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ぶな羅漢柏あすひかし落葉松からまつなどで、出来あがっている林があって、十七日の冴えた月光に、紗のように捲かれて静もっていたが、その中へ一同が駆け込んだ。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私が訪ねて来たことを知って、水の尾村へ行くことを知って、墓から抜け出して、この態笹の道を通ってあのとちぶなの木陰から、姿を現したものに違いありません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
橋は一方少し坂になっている処からとちけやきぶななどの巨樹の繁茂している急峻な山の中腹に向ってけられてあるのだ。橋の下は水流は静かであるが、如何いかにも深そうだ。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
二百にびやく年を経たるぶな大樹だいじゆ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
そしてそういう夢想を自分から振り払おうとでもするように、私は腰かけていたぶなの裸根から荒々しく立ち上った。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼はぶなの木によりかかって、彼女が林の縁の方へやって来るのをながめていた。彼女は彼を気にかけていなかった。ちょっと彼女は無頓着むとんじゃくな眼つきを上げた。
杉だの桧だのぶなだの欅だのの、喬木ばかりが生い茂っていて、ほとんど日の光を通さなかった。で、歩いて行く茅野雄と浪江との、姿さえぼけて見えるほどであった。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この三分の一行程ぐらいのところで、いよいよ問題の細道……ぶなとちの大木のしげり合った、草むらへ出るのであるが、これらの山道は、いずれもさほど急峻きゅうしゅんなものではない。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
ぶなの根がたに蹲踞うづくまりぬ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
それはドロステ・ヒュルスホオフという独逸ドイツ閨秀作家けいしゅうさっかの書いた「猶太ユダヤびとのぶな」という物語だった。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
赤銅しゃくどう色のぶな、金褐色のくり珊瑚さんご色の房をつけた清涼茶、小さな火の舌を出してる炎のような桜、だいだい色や柚子ゆず色や栗色や焦げ燧艾ほくち色など、さまざまな色の葉をつけてる苔桃こけもも類のくさむら
内庭のぶなの木陰のベンチで、夫人が半醒半眠で休んでいる間に、腕環うでわくび飾りを奪ってしまったのである。その場合もまた、殿下の従者として安全に、ビョルゲ邸を引き揚げている。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
嵐はそれへもぶつかった。そうして枯草をぎ仆した。だが嵐は勢いを弱めず、先へ先へと突進した。ぶな榛木はんのき、赤松、黒松。——嵐の進路にあるほどのものは、洗礼を免れることは出来なかった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
家の前方には、牧場や木の茂った長い斜面が広がり、突兀とつこつたる岩が屹立きつりつし、曲がりくねったもみがけにしがみつき、大きく腕を広げたぶなが後ろに倒れかかっていた。空はどんよりしていた。
はるかの下方に見えるぶなとちの大木の、一際蓊鬱こんもりした木陰、そこで道は二つに分れています。一つは東水の尾へ下って行く道……すなわち、私が昨日登って来て、その下の方で一休みしたところです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)