くす)” の例文
ともかく日本で今売られている土産品としては出色しゅっしょくのものといわねばなりません。それが持つくすの香りもよいものであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
敗れた正成、正季まさすえらの一族はどう逃げ道をとったか? 昔は、この地方一帯にくすが多かったという川辺氏の話の端にも興味はつきない。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うちの長屋に重兵衛じゅうべえさんの家族がいてその長男のくすさんというのが裁判所の書記をつとめていた。その人から英語を教わった。
読書の今昔 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし無数のそれらの木々もくすの老木に比べれば若木と云わざるを得なかった。その楠の老木は、小丘の上にそびえている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
訶和郎かわろの馬は狭ばまった谷間の中へ踏み這入った。前には直立した岩壁から逆様にくすの森が下っていた。訶和郎は馬から卑弥呼を降して彼女にいった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
気がついて見ると、新兵衛の大きなかやぶきの母屋おもやがまる出しになっていた。しいくすやのごもごもとした森がことごとく切られて、家がはだかになってるのであった。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
えのきのようでもあるし、くすの木のようでもあるが、といって話しあっていると、畳の上に寝そべって、紙の上に絵をかいていた俵的が、むくむくと起きあがったと思うと
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
笠置かさぎの山の行宮かりみやの御夢に、二人の童子が現われてくすの下を指ざし、ここばかりがせめて安らかなる御座所と、御告げ申したという記事に接するごとに、いつも子ども心には
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あの夕日があのくすの木の陰になるまで。私は帰しませんよ。(さえぎるまねをする)
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
妹の姿が紅葉した大樹の蔭に消えてしまうと、タダオモウナオは林中に飼っていた鶏を従者にほふらせた。それからくすの太い幹の蔭になった柔かい雑草の上に従者六名とともに円座をつくって坐った。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
棕櫚しゆろくすの木などのステツキをもつて来たのがのせてありました。
鳩の鳴く時計 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
くすが萠え、ハリギリが萠え、ほうが萠え、篠懸すずかけの並木が萠える。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
プンとかおくすの匂い、仮面材は年を経た楠の木なのである。パラパラとこぼれる木の屑は彫刻ほり台の左右に雪のように散り、また蛾のように舞うのもある。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「玉枝は、山門の側の、くす木蔭こかげに隠れていて、お前がまっしぐらに境内に駈けこむと、風のように、自分のほんとのねぐらへ、飛んで帰ってしまったんじゃ」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飛び石のそばに突兀とっこつとしてそびえたくすの木のこずえに雨気を帯びた大きな星が一ついつもいつもかかっていたような気がするが、それも全くもう夢のような記憶である。
庭の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
鼯鼠むささびくすの穴から出てくると、ひとり枝々の間を飛び渡った。月の映るたびごとに、鼯鼠の眼は青く光って輝いた。そうして訶和郎の二つの眼と剣の刃は、山韮と刈萱の中で輝いた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
かえで もうお日様がくすの木にかかりました。(立ち上がる)
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
そこの幕中に、幹の太さ三抱えもあるくすの大木があった。義元は、雨をもいとって、こずえの下へ寄った。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くすさんも、この不良と目された不幸な青年も夭死ようししてとくの昔になくなったが、自分の思い出の中には二人の使徒のように頭上に光環をいただいて相並んで立っているのである。
読書の今昔 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「彼は人間ではござりませぬ。加賀の白山に数千年生い立つくすの木の精にござります」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、どなったが、時すでに、うしおの如く、幕中へなだれ込んで来た織田勢は、ついそこのとばりの外にも、くすの後方にも、彼方の広い場所にも、雄たけびして、駈け歩いていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この飛び石のすぐわきに、もとは細長いくすの木が一本あった。
庭の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
見れば眼の前の大くすの木に灰色の山鳩が止まっている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
義元は、くすの大樹を後ろに、ものをいう口を忘失していた。その唇を、黒々と光る鉄漿かねの歯が噛みしめていた。眼の前の現実を、まだ信じられないもののように立っていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「はい、あの向こうのくすの蔭に」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)