いそがわ)” の例文
純一はいそがわしげに支度をして初音町の家を出た。出る前にはなぜだか暫く鏡を見ていた。そして出る時手にラシイヌの文集を持っていた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
人仕事ひとしごといそがわしい家の、晩飯の支度は遅く、ちょう御膳ごぜん取附とっつきの障子をけると、洋燈ランプあかし朦朧もうろうとするばかり、食物たべものの湯気が立つ。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
さて落着て居廻りを視回みまわすと、仔細しさいらしくくびかたぶけて書物かきものをするもの、蚤取眼のみとりまなこになって校合きょうごうをするもの、筆をくわえていそがわし気に帳簿を繰るものと種々さまざま有る中に
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
娘の嫁入前よめいりまえ母子ぼしともにいそがわしきは、仕度の品をかってこれを製するがために非ず、その品を造るがためなり。あるいはこれを買うときは、そのこれを買うのぜにを作るがためなり。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
玫瑰まいかいの茶をすすりながち、余君穀民が局票の上へ健筆を振うのを眺めた時は、何だか御茶屋に来ていると云うより、郵便局の腰掛の上にでも、待たされているようないそがわしさを感じた。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小山がいまだそれを賞翫しょうがんしおわらざるに別の小皿を食卓の上にせ「これも昨日奥さんにお話し申した百合ゆり梅干和うめぼしあえです」客は一々箸を着くるにいそがわしき処へ今度は下女が持ち出す大きな皿
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
きぬ引まくれ胸あらわに、はだえは春のあけぼのの雪今やきえ入らんばかり、見るからたちまち肉動ききも躍って分別思案あらばこそ、雨戸ひらき飛込とびこんで、人間の手の四五本なき事もどかしと急燥いらつまでいそがわしく、手拭を
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ちょうど文三の真向うに八字の浪を額に寄せ、いそがわしく眼をしばたたきながら間断たゆみもなく算盤をはじいていた年配五十前後の老人が、不図手をとどめて珠へ指ざしをしながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
朝野ちょうや共に物論沸騰して、武家は勿論もちろん、長袖の学者も医者も坊主も皆政治論にいそがわしく、酔えるがごとく狂するが如く、人が人の顔を見ればただその話ばかりで、幕府の城内に規律もなければ礼儀もない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それぞれけがの手当てにいそがわしい。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)