庭下駄にわげた)” の例文
座敷の隅々くまぐまにも眼に立つようなちりのないのを見とどけて、彼女は更に縁側に出て、三足ばかりの庭下駄にわげたを踏石の上に行儀よく直した。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ちょっとそこまで行って来るとおっしゃって、そとへ出ていらしたばかりですよ。宅の庭下駄にわげたを突っかけて、番傘ばんがさをお差しになって。」
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
うしろに庭下駄にわげたの音が聞えて、へんに取り済ました顔つきをしたお春が、手に名刺を持ちながら飛び石を伝わって来た。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私の庭下駄にわげたに踏まれた落ち葉はかわいた音をたてて微塵みじんに押しひしゃがれた。豊満のさびしさというようなものが空気の中にしんみりと漂っていた。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
高さは木賊よりもずっと低い。庭下駄にわげた穿いて、日影のしもくだいて、近づいて見ると、公札の表には、この土手登るべからずとあった。筆子ふでこの手蹟である。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すなわち老人ろうじんは、多分たぶんえんばなに、庭下駄にわげたをはいてこしをかけだれかとウィスキイをんでいたものであろう。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
庭園の土はやわらかだったけれど、そこには庭下駄にわげた以外の跡はなく、玄関前には敷石が敷きつめてあった。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
時はすでに午後四時過ぎ、夕烏ゆうがらすの声遠近おちこちに聞こゆるころ、座敷の騒ぎをうしろにして日影薄き築山道つきやまみち庭下駄にわげたを踏みにじりつつ上り行く羽織袴はおりはかまの男あり。こは武男なり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
庭下駄にわげたをはいて、三十歩も歩けば行かれる離屋はなれの書斎が、雲煙万里うんえんばんりの向うにあるような気がする。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
……もとの処に返しておこう……というような気もちで足探りしいしい庭下駄にわげたを突っかけましたが、あまりあわてておりましたせいか、思わず前にノメリそうになった拍子に
(新字新仮名) / 夢野久作(著)
ところが日本の家屋になると縁側えんがわというものがありまして、その踏石ふみいしには庭下駄にわげたがある。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
庭下駄にわげたをつっかけて外に飛び出し、それっきり、いくら待っても家へ帰って来なかった。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
夜の色は極めてくらし、ろうを取りたるうつくしき人の姿さやかに、庭下駄にわげた重く引く音しつ。ゆるやかにえんの端に腰をおろすとともに、手をつきそらして捩向ねじむきざま、わがかほをば見つ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
パタパタと庭下駄にわげたの音してお梅どんけ込んで来て、「とうちゃん。とうちゃん! 今やっと今橋から電話だす。まだだしたらとうちゃんちょっと出とくなはれ」
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
誘われるままに、庭下駄にわげたを突っかけて、裏へ出てみた。そこには果樹や野菜畑、花畑があった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
すると、どこからかようやく足音が聞こえ出して、眼の前の擦硝子すりガラスがぱっと明るくなった。それから庭下駄にわげた三和土たたきを踏む音が二足三足したと思うと、玄関の扉が片方いた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あわせ一枚ではもう肌寒い位で、この頃まで庭に鳴きしきっていました、秋の虫共も、いつか声をひそめ、それに丁度闇夜で、庭下駄にわげたで土蔵への道々、空をながめますと、星は綺麗でしたけれど
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
庭先にわさきのつちなかに、おおぶりな瀬戸物せともの金魚鉢きんぎょばちが、ふちのところまでいけこんであつて、そのはちのそばで、セルの和服わふく片足かたあしにだけ庭下駄にわげたをつつかけた人間にんげん死体したいが、べたにいつくばつている。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
庭下駄にわげたそろえてあるほどの所帯ではない。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鈴虫を庭下駄にわげたそろへあり
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
小紋こもん石持こくもちを着た年増の女の、庭下駄にわげた穿いて石燈籠いしどうろうの下に蹲踞うずくまっている人形———それは「虫の音」という題で、女が虫の音に聴き入っている感じを出すのだと云って
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
へやは第一の廊下を右へ折れて、そこの縁側から庭下駄にわげたをはいて、二足三足たたきの上を渡らなければはいれない代わりにどことも続いていないところが、まるで一軒立ちの観を与えた。
手紙 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)