すべ)” の例文
まるで、泰西たいせい名画のみごとな版画をみているように、湿しめり気のない空気が、すべてのものを明るく、浮立うきたたせてみせてくれるのでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
北國の雪解の時分と來たら、すべて眼に入るものに、まるで永年牢屋にぶち込まれた囚人が、急に放たれて自由の體となツたといふ趣が見える。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
同時に、吉田機関手がこれまでの自分にしてくれたすべてのことが、洪水のように彼女の胸を目蒐めがけて押し寄せて来た。殊にも昨夜のことであった。
機関車 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
彼は自分の最も働き盛りのほとんどすべての歳月と精力とをその子供等の教育費や、それから娘たちの嫁入りの仕度したくの為めに費さなければならなかつた。
(新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
ばらばらな音いろではあるが、静かにきいていると不思議にすべてがつながれ合った一つの唱歌をつづり合してきこえた。昨日も今夜も、毎日それがつづくのである。
音楽時計 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
文学を斯様かような風に類別するということからして好ましくないことであり、すべては同一の精神から出発するものには違いあるまいけれど——そして、それだから私は
FARCE に就て (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
五百パーセントの闇値段やみねだんで集められた豪華な料理であって、これすべて、遠来えんらいの金博士——いや
そこにこそ女性の野心が絶対の支配権を得ようとし、そこにこそ女性の貪欲どんよくが隠れた財宝を探しもとめるのだ。女は愛情を危険にさらす。心のすべてをかけて愛の貿易をする。
傷心 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
そこの木工漆器は僧侶そうりょたちの副業として名がある。しかし残念にもすべての期待ははずれた。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それはあなたのすべてが普通の人のリズムと違っていて人に目立つからだ
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
わが天使、わがすべて、わが自己そのものである人よ
ひつかゝりのひとつは、現に彼の眼前めのまへに裸体になつてモデル臺に立つているお房だ。お房は、幾らかの賃銭ちんせんで肉體のすべてをせてゐるやうないやしいをんなだ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
どうしても可笑おかしくなるじゃないか、いったい、どうすればいいのだ……という気持になり、鬼瓦を見て泣くというこの事実が、突き放されたあとの心のすべてのものをさらいとって
文学のふるさと (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
成程なるほど一日いちにちの苦とうつかれていへかへツて來る、其處そこには笑顏ゑがほむかへる妻子さいしがある、終日しうじつ辛勞しんらう一杯いつぱいさけために、陶然たうぜんとしてツて、すべて人生の痛苦つうくわすれて了ふ。
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
この黒幕の策師たちがすべて切支丹かどうかもハッキリしないが、切支丹であっても
安吾史譚:01 天草四郎 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
いわば自分の行為をすべて当然として肯定し、同様に他人のものをも肯定し、もって他人にも自分の姿をそのまま肯定せしめようとする、肯定という巧みな約束を暗に強いることによって
枯淡の風格を排す (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
いわく、天下唯一の別格の子、太陽の子、そして地上のすべての主人、生きた神様、である。三代の女帝の必死の作業は、中央政府の確立とともに、生きた太陽の子をつくることにもそそがれた。
安吾史譚:02 道鏡童子 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)