亭々ていてい)” の例文
池のなぎさはかすかにわかるが、藤棚から藤のつるが思いのまま蔓延はびこっているし、所々には、亭々ていていたる大樹が二重に空をおおっている。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近所にも松の木がないわけではないが、しかし皆小さい庭木で、松籟しょうらいさわやかな響きを伝えるような亭々ていていたる大樹は、まずないと言ってよい。
松風の音 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
玄竜の幻覚においては、それはポプラの亭々ていていとして立つ広い並木路のように見える。泥だらけの下水は綺麗に水の澄んだ小川の流れのように思われる。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
舞台の下落ですな、アルカージナさん! 昔は亭々ていていたる大木ぞろいだったものだが、今はもう切株ばかしでね。
鬼は金棒かなぼうを忘れたなり、「人間が来たぞ」と叫びながら、亭々ていていそびえた椰子やしの間を右往左往うおうざおうに逃げまどった。
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
辻川博士の奇怪な研究室は葉の落ちたけやきの大木にかこまれて、それらの木と高さを争うように、亭々ていていとして地上三十尺あまりにそびえている支柱の上に乗っていた。
蜘蛛 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
向うの崖に亭々ていていと聳える松の枝は、無言でゆれている。黄ばんだ白絹のカーテンはまるで立登るけむりか海草のように、ゆったりと、これまた音もなく朝風と戯れている。
頂上までほとんど一直線に付けられた巌石がんせきの道で、西側には老杉ろうさん亭々ていていとして昼なお暗く、なるほど道の険しい事は数歩さき巌角いわかどの胸を突かんばかり、胸突き八丁の名も道理ことわりだ。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
高野山こうやさんまぎれこんだのではないかとおどろくほど、杉やけやき老樹ろうじゅが太い幹を重ねあって亭々ていていそびえ、首をあげて天のある方角を仰いでも僅か一メートル四方の空も見えないのだった。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
鉦鼓淵しょうこえん盗人ぬすと谷、その天上の風格は亭々ていてい聳立しょうりつする将軍台、またげんとしてたいらなる金床台きんしょうだい
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
石の左右に、この松並木の中にも、形の丈の最もすぐれた松が二株あって、海に寄ったのは亭々ていていとして雲をしのぎ、町へ寄ったは拮蟠きっはんして、枝を低く、彼処かしこ湧出わきいづる清水にかざす。……
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この村の身上は、何といっても高い数十本の雌松雄松めまつおまつである。やがてこれも減って行くことだろうが、今はとにかく亭々ていていとして茂り栄え、またこの五六年にかなり大きくもなった。
トラックの上から見る、サイゴンの大通りは、ヨウの大樹の並木が、亭々ていていと並んでゐて、その樹下のアスハルトのすべつこい大通りを、輪タクに似たシクロが昆虫のやうに走つてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
しかし池畔ちはんからホテルへのドライヴウェーは、亭々ていていたる喬木きょうぼくの林を切開いて近頃出来上がったばかりだそうであるが、樹々も路面もしっとり雨を含んで見るからに冷涼の気が肌に迫る。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
亭々ていていと聳える杉林の上は、何時の間にか、いっぱいの黒雲におおわれてのしかかるように暗く、同じように顔をあげた運転手と眼を見合わせ、瓢箪ひょうたんのような顔の沢田が、眉をひそめて口を尖らせたが
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
すばらしい杉の古木が、亭々ていていと道の両側に並ぶ下を
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ただこの喬木が、亭々ていてい、次代にそびえ、爛漫らんまん、この世を君が代の春とのどかにする日があれば——わが願いは足れりといえる。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松林にも腕白わんぱくらが騒いでいた。良寛堂の敷地には亭々ていていたる赤松の五、六がちょうどその前廂まえひさしななめに位置して、そのあたりと、日光と影と、白砂はくさ落松葉おちまつばと、幽寂ゆうじゃくないい風致を保っていた。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
お城や山内のもみひのきは、亭々ていていとして千年の緑をたたえているけれども、かつてこの間に静かなる居を構えて、首府の掃除役を一手に引受けていた彼等は、知らぬ間にいずれへか追い払われ
幾百年も経たような杉のこずえが、亭々ていていと、宵の空をおおっていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)