世故せこ)” の例文
……権門へ頭をさげて通うくらい気のわるい思いはない。やれやれ、さむらいにも、世辞せじやら世故せこやら、世渡りのる世になったの
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世故せこに長けた先生はそれにはわざと答えずに、運動帽をぎながら、五分刈ごぶがりの頭のほこりを勢よく払い落すと、急に自分たち一同を見渡して
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
平次よりは幾つか年上でせうが、世故せこにもけ、文筆にも明るい樣子で、この頃の質屋の亭主には、全く珍らしい人柄でした。
そうして自分の骨折から出る結果は、世故せこに通じた田口によって、必ず善意に利用されるものとただ淡泊たんぱくに信じていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三十年か四十年世の中に揉まれていれば、大抵の者のなれる「世故せこにたけたお悧巧な方」になりたくもありません。私はただ、ほんとの生活がしたい。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
背後うしろから大きな声で、なかなか調子が好い。世故せこに慣れているというまででなくても善良の老人は人に好い感じを持たせる、こういわれて悪い気はしない。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
みずから曰く、「格物の天地造化におけるはかえってやすく、人情世故せこにおけるはかえってかたし。吾人ごじんすべからくその易き所にれて、その難き所にむべからず」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
◎野口君は予より年長でもあり、世故せこにもけてゐた。例の隠謀でも、予はがなすきがな向不見むかふみずの痛快な事許りやりたがる。野口君は何時でもそれを穏かに制した。
葉子は急に青味を増した顔で細君を見やったが、その顔は世故せこに慣れきった三十女のようだった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
何分にも世故せこの経験に乏しい長三郎の頭脳あたまでは、その謎を解くべき端緒たんちょを見いだし得なかった。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
世故せこにもたけ、そうとう機才のある連中ばかりだから、たいていのことならばそれぞれ至当の意見もあるべきところだが、この奇妙な出来事だけは、なんとも思惟しいの下しようもなく
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あわれなひとり者の死に様をする為に其温かなからさまよい出られねばならなかったのでしょうか? 世故せこ経尽へつくし人事を知り尽した先生が、何故其老年に際し、いや墓に片脚かたあしおろしかけて
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
至極しごくありふれた解釈を、手やすく下してしまった。普通それが早分りのする人情世故せこに通じた一般的のものだけに、金持ちや、物分りのいいという世間せけん学通がくつうの人たちのいう事はこれと一致した。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
世故せこけた友人は、そう言って下宿を出て行った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
世故せこけた調子で話し聞かせるのは渡邊君だ。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
平次よりは幾つか年上でしょうが、世故せこにもけ、文筆にも明るい様子で、この頃の質屋の亭主には、全く珍しい人柄でした。
これだけ云った敬太郎は、定めて世故せこけた相手から笑われるか、冷かされる事だろうと考えて田口の顔を見た。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
主人の顔を見つめたりすると、世故せこのつらさに馴れている李小二でも、さすがに時々は涙が出る。
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、彼は世故せこに馴れた落着をもって、凄じい顔つきの人々へ水をかけるように云う。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丈夫じょうぶづくりの薄禿うすっぱげの男ではあるが、その余念よねんのない顔付はおだやかな波をひたいたたえて、今は充分じゅうぶん世故せこけた身のもはや何事にも軽々かろがろしくは動かされぬというようなありさまを見せている。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
世故せこに慣れきって、落ち付き払った中年の婦人が、心の底の動揺に刺激されてたくらみ出すと見える残虐な譎計わるだくみは、年若い二人の急所をそろそろとうかがいよって、腸も通れと突き刺してくる。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
世故せこけた柴田文内と、若くて腕の出來る吉住求馬もとめは、お氣に入りの筆頭で、その日も土佐守の遠乘りのお供をして、呉服橋の上屋敷から、一氣に目白へのし
一つには、濡鼠ぬれねずみになった老人の姿が、幾分の同情を動かしたからで、また一つには、世故せこがこう云う場合に、こっちから口を切る習慣を、いつかつけてしまったからである。
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
どうか御再考をわずらわしたい。世故せこにたけた敏腕家にも似合しからぬ事だ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
世故せこけた柴田文内しばたぶんないと、若くて腕のできる吉住求馬よしずみもとめは、お気に入りの筆頭で、その日も土佐守の遠乗りのお供をして、呉服橋の上屋敷から、一気に目白へのし
中原安太郎なかはらやすたらう これも中学以来の友だちなり。諢名あだなたぬき、されども顔は狸に似ず。性格にも狸と言ふ所なし。西川に伯仲はくちうする秀才なれども、世故せこには西川よりも通ぜるかも知れず。
学校友だち (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
共同経営者の丸茂三郎は、私より十五、六も年上で、相当世故せこにもけた男ですが、それでも、香川礼子を引き合せた時は、たった一ぺんで気に入ってしまいました。
が、彼はそれらの不忠の侍をも、憐みこそすれ、憎いとは思っていない。人情の向背こうはいも、世故せこの転変も、つぶさに味って来た彼のまなこから見れば、彼等の変心の多くは、自然すぎるほど自然であった。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
最も善い小説家は「世故せこに通じた詩人」である。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)