上草履うはざうり)” の例文
「待て、あんな恰好で逃げ出す人間があるものか、トボトボと地獄へでも行く人の姿ぢやないか。あツ上草履うはざうり穿いたきりだ。八」
枕元にひゞく上草履うはざうりの音もなく、自分は全く隔離されたる個人として外縁ヴエランダの上なる長椅子に身をよこたへ、ほしいまゝなる空想に耽けることが出来た。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
見て餘所よそながらなる辭別いとまごひ愁然しうぜんとして居たる折早くも二かうかね耳元みゝもとちかく聞ゆるにぞ時刻じこく來りと立上りおとせぬ樣に上草履うはざうりを足に穿うがつて我家を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
其後そののち患者は入れ代り立ち代り出たりはいつたりした。自分の病氣は日を積むに從つて次第に快方に向つた。仕舞には上草履うはざうり穿いて廣い廊下をあちこち散歩し始めた。
変な音 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
え/″\として硝子がらすのそとに、いつからかいとのやうにこまかなあめおともなくつてゐる、上草履うはざうりしづかにびしいひゞきが、白衣びやくえすそからおこつて、なが廊下らうかさきへ/\とうてく。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
上草履うはざうり爪前つまさきほそ嬝娜たをやかこしけた、年若としわか夫人ふじんが、博多はかた伊達卷だてまきした平常着ふだんぎに、おめしこん雨絣あまがすり羽織はおりばかり、つくろはず、等閑なほざり引被ひつかけた、姿すがたは、敷詰しきつめた絨氈じうたん浮出うきいでたあやもなく
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
外にはいつのにか、雨がざあざあ降つてゐた。僕は自分の下駄げたく為に下駄の置き場所へ行つたのである。そこにはあるべき下駄がなかつた。いくらさがしてもない。僕は上草履うはざうりをはいてゐた。
拊掌談 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
廊下の方から、上草履うはざうりの音をさせて、女中が御膳を運んで來た。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
此棟このむねに不自由な身を託した患者は申し合せた樣に默つてゐる。寐てゐるのか、考へてゐるのか話をするものは一人もない。廊下を歩く看護婦の上草履うはざうりの音さへ聞えない。
変な音 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)