雨脚あまあし)” の例文
出船はその島を廻つて隱れ、入船はその島の角に現れ、夕立はその島の方から雨脚あまあしを急がせ、落日はよくその島を金色こんじきけぶらせた。
避病院 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
と思うと、どういう訳か、窓の外に降る雨脚あまあしまでが、急にまたあの大森の竹藪にしぶくような、寂しいざんざりの音を立て始めました。
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
赭土の道に豆粒をまくように穴をあけてつきささるはげしい雨脚あまあしを眺めながら、彦太郎は、ひょっくり、どもりの天野久太郎のことを思い出し
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
かれたように立ちなおった弥生が、見るまに血相をかえて手早く帯をめ出したとき、やにわに本降りに変わって、銀に光る太い雨脚あまあしのきをたたいた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
倉地は陰鬱いんうつ雨脚あまあしで灰色になったガラス窓を背景にして突っ立ちながら、黙ったまま不安らしく首をかしげた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
風の加った雨脚あまあしの激しい海の真只中まっただなかだ。もはや、小初の背後の波間には追って来る一人の男の姿も見えない。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
午後三時頃のだるい眠に襲われて、日影の薄い部屋に、うつらうつらしていた頭脳あたまが急にせいせいして来て、お島は手摺てすりぎわへ出て、美しい雨脚あまあしを眺めていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
篠突しのつくような暴雨であった。雨脚あまあしが乱れて濛気もうきとなり、その濛気が船を包み、一寸先も見えなくなった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
初め横なぐりに来た雨脚あまあしは、半蓋馬車ブリーチカの車体の片側を打つかと思うと次ぎには反対側にまわり、それから今度は上から真直ぐに降りつけて、真面まともに馬車の上をざんざん叩いて
ト、すぐうらえて、雨脚あまあし其処そこへ、どう/\とつよちて、にごつたみづがほのしろい。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
傘をうつ雨脚あまあしがだんだんに近づいてきたので、母親がかえってきたことに気がついた。
音楽時計 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
雨脚あまあしはしだいに黒くなる。河の色はだんだん重くなる。渦のもんはげしく水上みなかみからめぐって来る。この時どす黒い波が鋭く眼の前を通り過そうとする中に、ちらりと色の変った模様もようが見えた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たちまち雨と風がアスファルトの上をザザザと走りまわった。走り狂う白いはげしい雨脚あまあしを美しいなとおもってわたしはみとれた。みとれているうちに泣きたくなるほど烈しいものを感じだした。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そして一瞬、掃いてゆくような白雨びゃくうが、さあっとはや雨脚あまあしでかけぬけた。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何しろここは東京の中心ですから、窓の外に降る雨脚あまあしも、しっきりなく往来する自働車や馬車の屋根を濡らすせいか、あの、大森おおもりの竹藪にしぶくような、ものさびしい音は聞えません。
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
江戸の町々を寒く濡らして、更けゆく夜とともに繁くなる雨脚あまあし……。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
大雨の雨脚あまあしが、雲と共に、野を掃いてゆくようだった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雨脚あまあしの強弱はともかくも、女は雨止あまやみを待つもののごとく、静に薄暗い空を仰いでいた。額にほつれかかった髪の下には、うるおいのある大きな黒瞳くろめが、じっと遠い所を眺めているように見えた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)