しず)” の例文
緑草直ちに門戸に接するを見、樹林の間よりは青煙しずかに巻きて空にのぼるを見る、樵夫しょうふの住む所、はた隠者の独座して炉に対するところか。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「敵の人数色黒み備しずかにして勢い殊之外ことのほか見事也。間近になると拍子を揃え太鼓を鳴らし大筒を打立うちたて黒烟を立てて押寄す」
碧蹄館の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それは、役所からしずかな街を通っててくてく宿へ帰って行くときよりも、もっともっと深い寂しさ、遣瀬やるせなさであった。
孤独 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
しばらく轆轤台のきしる音だけが春昼のしずけさの中に耳につく。亀田と鉄斎がひそひそ咄を始める。段々声音が高くなる。
ある日の蓮月尼 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「お、悪かったな。こころない問いつめなどして。……いやしかし、ここは泣くにはしずか。……むりもない。人眼もなし、こころゆくまでお泣きなされ」
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(恐らく澄心ちょうしんきょくとはこうした無音だろう。)しずかに、無気味に、降りて、その円弧の端が触れると
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
昼間でも物音一つ聞えないしずけさである。湯川さんは、この家が気に入っていて、京都大学へ移ってからも、非常な不便を忍んで、大分長い間、ここから京都まで通っていた。
湯川秀樹さんのこと (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
樋の水がさらさらと木のりめへかかって一杯になると、ざアとながれへこぼれます、拍子を取って、突尖とっさき杵形きねがたが、カーン、何とも言えない、しずかな、さびしい、いいおとがするんです。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しずかな村里の生活をする少年たちには、食物の変化は大きな刺戟しげきであった。やがて祭だとか、是からいみに入るとかいうことを、心に銘記させるには是がたしかな方法の一つだった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼女は、好物な甘いもので、にがいお茶を飲んで、しずかな日が、気持ちよげだった。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
庶人念ずれば、疾疫しつえき癘気れいき、家中に入らず。わくを断ち、しょうること、之に過ぎたるはなし。よろしく、天下諸国につげ、男女老少を論ずることなく、口にしずかに、般若波羅蜜多を念誦すべし
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
此処から南へ清水へ行く通りは、まことにしずかな趣のある所である。
六日月 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
しずさんか、今朝の京都新聞を見たかい、わたしもね、お前の病気を癒してやろうと思ってずいぶん苦労したが、もうこれからは二人共幸福になれるよ、早うお見、今朝の京都新聞の三面を………」
仙人掌の花 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
の蔭にしずかに住むために。
じいじいせみがまたそこらの木立こだちりつき出した。じいじい蝉の声も時には雲とこずえしずかにする。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
しずかなおあるじの姿とちがって、老臣の彼のひとみには、戦下の世音せおんが、ギラギラとただれている。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それ故に田舎町にしては小ざっぱりとしてしずかであった。
褐色の求道 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そして初めて、鎌倉山のしたたりや、しずかな林泉に耳を洗われた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しずかで匂はしくて、それももう冬のものではない。
蜜柑山散策 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
鷲を見つけてから、私の心はしずかになった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)