いざり)” の例文
二部興行で、昼の部は忠信ただのぶ道行みちゆきいざりの仇討、鳥辺山とりべやま心中、夜の部は信長記しんちょうき浪華なにわ春雨はるさめ双面ふたおもてという番組も大きく貼り出してある。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
また、妙なかっこうをしている奴、木を背負って坐っている、泥棒か、いざりか、なんだろうかと不審を起して、吠えかかっているのかも分らない。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
口も利かずに黙って腰かけているお島は、ふと女坂を攀登よじのぼって、石段の上の平地へ醜い姿を現す一人の天刑病てんけいびょうらしいいざりの乞食が目についたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
どうせ、絵に描いた相馬の化城ばけじろ古御所から、ばけ牛がいて出ようというぼろ車、日中ひなかいざりだって乗りやしません。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いざりなる彼は、好んで馬を急速に駆けさした。抜剣のうちにまもられて、落ち着いたいかめしい顔をして通っていった。
く申す吾輩、キチガイ博士にとっては、いざりの乞食が駈け出した位にしか感じない程度の新発見に過ぎないのだ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一人の狂女が来ったのに四郎うなずくと忽ちに正気に還ったとか、またある時には、道場に来て四郎をののしる者があったが、其場におしとなりいざりとなった、などと云う。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それから蒲原氏はいざりのやうに動きだしたが、幾度となく山径の上へへばりついて休憩しながら、一里足らずの山径を、漸く温泉へ辿りつくことができたのだつた。
逃げたい心 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
やはり二十歳ばかりの若い娘ではあったが、見るもあわれな佝僂せむしで、あとでアリョーシャの聞いたところによると、両足がえてしまったいざりだとのことであった。
そしての前には、それから三四間程の間をおいて、一人の勢子らしい男が、側に銃をほうり出し、両手を後につき、足を前方に出したままいざりのような恰好で倒れて
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
今でも何かしようと思う積極的の人は晩蒔おそまきながら京阪へ出て行きますから、自然春日様の棟木むなぎで奈良人形を刻んだりするいざりのようなものばかり居残るのだと申します。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
雪泥の道をいざりの足で歩き悩んでいる恰好を忠秋が認め、例の気性でおのれの館へ呼びあげたうえ、右田藤六という者を尋ねまわっている事情まできだすほど親しくなった。
足軽奉公 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
忠「京の鴨川かもがわから来た人で、只今早稲田に居ります、早稲田の高田の馬場の下辺りで施しに針を打ちます、鍼治しんじの名人で、一本の針でいざりの腰が立ったり内障そこひの目が開きます」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「あすこに白く細くちらりと見えるだろ。あれがいざり勝五郎の物語で有名な初花の滝さ」
呼ばれし乙女 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
頭の中は常に活動して、廓然無聖かくねんむしょうなどと乙な理窟を考え込んでいる。儒家にも静坐の工夫と云うのがあるそうだ。これだって一室のうちに閉居して安閑といざりの修行をするのではない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
博士は、まるでいざりのようにこの椅子車に乗ったまま、自分で動かして、外国人のいそうなところは、ピイ・ノオ汽船会社の前でも、デヒワラ博物館の近くへでも、どこへでも出かけて行った。
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「彼処の流行神様は、いざりが歩きだした」
村の怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いずれにしても、雷ぎらいの人間を雷見舞に遣ろうというのですから、いざりを火事見舞に遣るようなもので、どうも無理な話です。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
権現様の出開帳でがいちょうに、お寺の門によたれている、いざりほどにも思わねえか、平気で、私かいッてそばへ来るだ。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と尋ねてみますと老人としよりいざりの非人が入口に這い出して来てペコペコ拝み上げました。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あらわしたってんでな、その季節になると世界じゅうから信者が集まって来るんだとよ、そうしていざりも立つし、腰のえた人間も立つんだとさ、めくらも聾者つんぼもみんな治っちまうっていうことだ
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と十何年かのいざりが立ち上ったように感服して
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「うちのいざりが立った」などというのもあるし
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二部興行で、昼の部は『忠信の道行』、『いざりの仇討』、『鳥辺山心中』、夜の部は『信長記しんちょうき』、『浪花の春雨』、『双面ふたおもて』という番組も大きく貼り出してある。
十番雑記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「へん、いざり人力挽じんりきひきおしの演説家に雀盲とりめの巡査、いずれも御採用にはならんから、そう思い給え。」
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一体、この泊のある財産家の持地でござりますので、ほんの小屋掛で近在の者へ施し半分にっておりました処、さあ、盲目めくらが開く、いざりが立つ、子供が産れる、乳が出る、大した効能。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いざりか腰拔けならば知らず、五體滿足の人間がたゞ安閑としてはゐられない時節だ。
正雪の二代目 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)